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Saturday, October 27, 2007

NHK教育 「シリーズ・世界はこうしていじめと闘う」

 本日、23時50分よりNHK教育で「シリーズ・世界はこうしていじめと闘う」というドキュメンタリーが放送されるようです。

BS世界のドキュメンタリー

 BSでは「青い目、茶色い目」も放送されるようですね。今回は、カナダとアメリカ、韓国の事例のようです。私は、アメリカのやつを見たことがあります。考えさせられました。

 本日は、フジでも『たけしの日本教育白書』が放送されており、教育週間かなんかなのでしょうか?

Thursday, September 20, 2007

「いじめというより犯罪」

「いじめというより犯罪」文科相が批判 神戸の自殺|学校教育|教育・福祉|Sankei WEB

 こういう発言もやればできるのね。まぁ、大臣はもうおしまいだから、やけっぱちなのかも……

Monday, December 25, 2006

いじめられている君へ

 最近、初講義を行った等々、何かと話題のさかなくん。彼のいじめに対する呼びかけですが、いいこと言っております。

asahi.com :教育 - いじめられている君へ

 魚の世界にも「いじめ」と思しきモノがあるというのは以外でした。発生原因も人間のそれと変わらないように受取れます。さんざん「いじめ」に対するコメントを見聞きしてきましたが、一番こころに響きました。

Tuesday, December 05, 2006

なれあい学級

 最近、児童・生徒と教師の関わり方のスタンスの違いで論じられることが多い。

なれあい学級でいじめ多発、長期被害は小学生の3.6% : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 旧来の管理型への反発・反動から「なれあい型」が生まれたと思うのだが、どうも「なれあい型」の方がいじめ発生率が高いという結果らしい。厳しくしても、緩くしてもいかんということだろう。この記事だけを読んでいると、あまり干渉しないほうがよいのかとも思ってしまう。しかし、どのグループでもいじめがゼロでないことに注目せねばなるまい。

Friday, November 17, 2006

屋上の少女

 「そういうオチか…」と、妙に腑に落ちてしまった。

Monday, November 13, 2006

所属の多様化

 いじめに対して同じような考えを持っている人がいたのでピックアップ。

finalventの日記 - なんどか書いていると思うがいじめ問題の解決は簡単といえば簡単ですよ

 小学校の教師をしている友人に提案したアイディアとかぶる。しかし、どうにもこうにも評判はよろしくなかった。何故かというと、学校だけではどうしようもないアイディアだったからだ。私が話したアイディアは以下のような感じ。

学校を単科学校にする。児童・生徒はひとつの学校に通うのでなく、教科ごとに移動しなければならない。

 極端だがこんな感じだ。なぜこんなこと考えたかというと、学校評価制度に疑問を感じたからだ。学校評価制度というものの、結局は、先生評価制度なのではないかと思うからだ。公立は教員の異動が必ずある。校長だって未来永劫そこに居座るわけではない。今現在だって校長や教員が変われば、学校の評判は大きく変わる。なぜか?人材に差があるからではないか?公立で学校評価制度を行うためには、教員の固定化は必須だと考えたからだ。

 で、上記に述べたようなアイディアが出てきたわけだが、そうなると副産物的に教室の固定化がなくなる。私は、大人数で同じ顔ぶれのユニットが長期的に続くこと、要はクラス行動がいじめの原因としてあるのではないかと考えている。このアイディアならば、同じ顔ぶれというのなくなる。教科ごとでは同じ顔ぶれとなるが、現行よりは時間的に少ない。大人数というのもなくなるだろう。これも教科ごとでは変わりないだろうが、クラス行動というものが消えるので解消できる。

 まぁ、いずれにせよ、非現実的ではあるけれでも…… 現実は以下のサイトのように、圧倒的多数である部外者がどうするかなのだろう。

Saturday, November 04, 2006

青い目、茶色い目

 TBS、ブロードキャスターでの岡本行夫氏の発言を受けて思い出した。「青い目、茶色い目」というドキュメンタリー。

frontline: a class divided | PBS

 私はこのドキュメンタリーを通教のスク(確か異文化間コミュニケーション概論だと思う)で見ました。確か人種差別の話の時だったと思う。教育現場でも用いられているモノらしいことが、齋藤孝氏のサイトが上位に表示されるGoogleさんの検索結果から分かる。

 個人的には衝撃的な内容だと感じた。今の日本で、学校教育で行われたら「PTSDになるではないか」などと抗議されかねない内容だと思います。しかし、本気度は高いと感じられる内容であることは間違いないと保護者も感じることができるでしょう。言葉で説明するのは誰でもどこでもできるが、これは学校もしくは団体生活をする場でしか実践できない内容です。

 このドキュメンタリーはNHKで1988年に放送されたようです。もう、18年も前になります。私は幸運にもこのドキュメンタリーを見ることができましたが、教育関係者以外にも是非とも見てもらいたいと思います。

Sunday, October 29, 2006

什の掟

 ソースが日刊スポーツというのがいささか心許無いが、遅かれ早かれ採り上げられるだろうと思っていた。

いじめ問題に「什の掟」問い合わせ続々 - 社会ニュース : nikkansports.com

 「国家の品格」が発行された当初もなんやかんや言われたが、教育現場が積極的に取り入れたいと動いているという。

 現在は博物館となっている会津藩校日新館には、全国の教育関係者から問い合わせが相次いでいる。同館によると「九州、四国を含め、全国の小学校の校長先生から『現代風に変えて子供たちに教えたい』という声が多い」という。

 まぁ、変えずに教えても困るけれど……、どう変えられて子どもたちに教えられるのか、いささかの心配はある。しかし、なぜコレが今に生きていないのかをよくよく考えてもらいたい。

Tuesday, October 24, 2006

滝川市教委のいじめ隠し

 非常にショッキングなタイトルのYOMIURI ONLINEの記事。

滝川市教委のいじめ隠し : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 この記事のポイントは、「いじめを隠したのは同級生へのケアのため」ということだ。
 確かに同級生への配慮は必要だった。少女は昨年9月、教室で自殺を図り、意識不明のまま今年1月に亡くなった。同級生の精神的なショックは大きかった。

 学校では、カウンセラーを常駐させ、教員同士が様子のおかしい子供がいないか、情報を交換し合った。市教委は、報道機関に子供たちや近所への取材自粛を強く要請した。子供のケアのためという理由だった。

 「悲しい出来事からよくここまで立ち直ってくれた」。今、中学に通うかつての同級生を見て、そう校長は語った。
 一方では、この校長の処置は正しい。しかし、問題視されているのは「死人に口なし」的な行動をとってしまったことだろう。
 その一方で、「人から『キモイ』(気持ち悪いの意)と言われてとてもつらい」と記した少女の遺書は、公表されなかった。「悲しい出来事」に最も傷ついている遺族が置き去りにされた。市教委や校長は、アンケート調査などしか行わず、真相解明を事実上、放棄した。「いじめ認定」は、同級生の心のケアを阻害する、とされた。
 平等・公平な態度ではなく、残された方に振り子が大きく振られてしまった。誠実な対応ではないと写ってしまった。

 いじめを公表しようが、隠そうが起きてしまったことに変わりはない。誠実な対応ってなんだろう。犯人探しか?それとも、学校の非を認めることか?その前に、学校の非ってなんだ?いじめを止めさせることができなかったことか?それとも、自殺まで追い込んでしまったことか?いじめを隠したことか?

Monday, October 23, 2006

法務省と文科省

 これは鵜呑みにしていい記事なのかどうか、非常に悩む。

<いじめ>法務省調査では「増加」 文科省とは逆の結果に | エキサイトニュース

 法務省の調査どおり「いじめが増加」しているのなら、文科省は数値目標のためならなんでもする、非常な場所のように響いてしまう。なぜこのような結果になったかという一つの考察が記事ではこう示されている。
 一方、文科省は、学校や自治体教委の報告を積み重ねる形だ。学校側がいじめを見落としたり黙認したりすれば、統計には反映されない。また、いじめ根絶を目指す自治体が発生件数を具体的な目標として数値化したため、「実態を目標に合わせて報告する例もあるのでは」との指摘もある。
 もし、これが原因ならば、いじめ発生件数を目標とすることに間違いがあるのではないだろうか。「いじめゼロが理想だ」という考えに異論はない。それならば、いじめが1件だろうが100件だろうが、発生件数に意味はないのではないだろうか?よくよく考えると「いじめ発生件数を目標とする」とは、おかしなものだ。