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Friday, August 28, 2009

教員養成6年制

民主党が教員養成6年制をかかげた。

教員養成6年制に、民主が方針 12年度導入、免許更新制は廃止 - 47NEWS(よんななニュース)

民主党は27日、衆院選で政権を獲得した場合、教員免許取得に必要な大学の4年制養成課程を、2012年度から大学院2年も義務化して6年制に延長する方針を固めた。教員の指導力向上が目的。


目的は、教員の指導力向上らしいが
それにしては問題が簡単すぎる。

まず、指導力がなにを示すのかわからないが、
せめて、教員の仕事から部活動顧問を
除外するパイロットを行ってからでも
6年制はいいのではないかと思う。

Thursday, January 08, 2009

教育と競争の愚

教育と競争の関係は悩ましい。

【正論】社会学者・加藤秀俊 「競争」なくして何の教育か - MSN産経ニュース

上述リンクのような主張が「正論」として
まかり通ることに危機感を感じる。

受験や就職、昇進は確かに競争だろう。
椅子取りゲームだからだ。
養老孟司氏が本に書いている。
「名刺には、所属と役職をデカデカと書き、
名前はゴム判ででも押しておけ」と。
上述リンクの競争とはこのようなものだ。
教育における競争は、一体どこで
教育を受けるのかということだけである。

なので、教育というか学習の場に、
競争が必要かどうか考える必要がある。

椅子取りゲームにおいて、
80点と79点は致命的な差である。
しかし、学習の場においては、どうであろう?
学習の場においては100点が求められるのが
ほとんどだと思う。
80点と79点というのは100点までの距離
でしかない。

そして、教育というのは100点から
はじまるのである。
本来ならこうであろうが、我々は
年齢でものごとを考える。
これも悪しき習慣だと思うのだが、
変わる気配はない。

see also
必要のない競争をさせることのどこが教育なのか - 今日行く審議会@はてな

Monday, October 27, 2008

フィンランドにはなれない秋田県

 秋田県が学力テスト上位であることは知られていると思う。そんな秋田県でも「いやぁ、じつはね…」っていうはなし。

学力テスト1位「秋田に学べ」は大丈夫? 大学進学率は低迷  (1/3ページ) - MSN産経ニュース

 要約すると、全国学力テストで2年連続トップをとった秋田県ではあるが、大学進学率のはなしになると芳しくない。学力中間層は厚いが上位層が薄い。

 ふむふむ。とても興味深い記事だ。しかし、腑に落ちないのはなぜ?

秋田の中学生は「平均値で他県を上回るが、上位層が薄い」(県教委)。その理由を県教委関係者は「中位偏重」にあると指摘する。

 「学習内容が平易な小学生の間は理解の速い子、遅い子とも伸ばせるが、内容が高度な中学生での両立は困難。教師としてはできる子供は後回しになる」。この中位偏重は高校で一層顕著になり、「平均値は良いものの、高レベルの競争になる大学受験で結果が残せない」という。

 ここは確かにむずかしい問題だ。一般的な対処法は「できる子の後回し」であろう。だから秋田県のこの対処は全国平均的な処置といってもよい。しかし、秋田県ではここがとにかく、ガンだといっているように聞こえる。

 秋田県は底辺の底上げに成功している。学力テストなどの平均点を上げる方法としてはもっとも効率がよい方法である。しかし、この成功を次へつなぐことができていない。

 学力問題としては二極化の問題もある。今回の秋田県のように中間層が分厚タイプと比べるとどうなるのか調べてみたいものだ。

Wednesday, September 03, 2008

テスト分析専門部署

 すこし気になったニュース。

NHKニュース 文科省 テスト分析に専門部署

文部科学省は、全国の小学6年生と中学3年生を対象にした全国学力テストについて、正答率の高かった学校の指導方法などを分析して全国的な学力の向上につなげたいとして、分析を専門に扱う部署を置くことになりました。

ことしで2回目になる全国学力テストは、先月、都道府県別の結果が公表され、去年に続いて児童や生徒の応用力不足が浮き彫りになったほか、小学校ではいずれの教科でも秋田県が2年連続で全国トップになるなど順位が固定化している傾向も見られました。こうした結果について、教育関係者からは「前回の学力テストの結果を見ても、応用力不足の傾向が見られるのに、現場での指導に生かせていない」という指摘が出ていることから、文部科学省は、テスト結果の分析をより詳しく行う必要があるとして、省内に分析を専門に扱う部署を置くことになりました。ここでは、前回に比べて正答率が大幅に上がった学校の指導方法や地域の生活習慣などを分析するほか、それが学力とどう関係があるのかを調べて、全国的な学力の向上につなげたい考えです。

 テストって、目的があるからテストなんですよね?問題を考えるときも、そのような目的を定めて作っているはず。かなり危ういと思った。

Thursday, April 24, 2008

「2年連続1位は難しいかも知れませんが、それなりの自信はあります」

 賛否あるが、2回目の全国学力テストが行われた。前回の学力テストで好成績を修めた秋田県教育委員会の委員へのインタビューが掲載されていた。これを読んで愕然とした。

全国学力テストに232万人、秋田「連続1位」に自信 : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

「2年連続1位は難しいかも知れませんが、それなりの自信はあります」

 昨年10月に公表された前回のテスト結果で、小学6年の国語と算数がトップになるなど好成績をあげた秋田県。県教委の佐々木孝雄副主幹は胸を張った。

 なぜここで、「いやぁ、別に1位だとか2位だとかには、我々は興味ありません」などと気の利いたひとことが言えないのだろうか。これではまるで「1位にこそ価値がある」、「平均より上であることに価値がある」という序列精神丸出しの発言ではないか。

 学力テストは、入試などの選抜試験ではない。なので、偏差値で考えると低い偏差値でも一向に構わない。偏差値が低いということは、正規分布の中央にかたまりが密集している状態である。学力テストはこれでも一向に構わない。

 せっかく、前回の学力テストで「たまたま」1位を獲得し、そのために、わざわざ取材させてくださいと秋田県に人が集まる。前回の学力テストの後、序列化を懸念する声があった。それを払拭できるのは、前回、よい成績を修めて注目を浴びている秋田県である。

 ここで、大阪府や沖縄県が「いや、順位は関係ありません」などといっても説得力がない。よい成績を修めた秋田県だからこそ、アピールできる絶好の機会だったのだ。やはり、「たまたま」1位だったのだろうかと勘ぐりたくなる。

Monday, December 31, 2007

NHK「変わる教育どうする教育」をみて

 12月28日深夜、NHKで『双方向・夜どおしナマ解説 どう読む激動の2008年』というのが放送されていた。NHKの解説員による討論で、第2部の「変わる教育どうする教育」を見た。

 内容を対立項で示すと2つに絞れる。
  1. ゆとり教育と詰め込み教育
  2. 学校教育と家庭教育

1.ゆとり教育と詰め込み教育
 すっかり常套句となった。あいかわらずことばの定義はひとそれぞれである。話がかみ合っていない。この討論番組でのゆとり教育は、「教える内容を減らしたこと」、「教える時間数を減らしたこと」、「総合学習の導入」としていた感があった。まぁ、よい。事実だからしかたない。

 ゆとり教育と詰め込み教育は、考える力と知識と言い換えられている。不毛な対立だと思うのだが、なかなかなくならない。学力の定義がむずかしいからだ。

 学力とはなにか?なんだろう?私はよくわからない。「成果の見える学力」ということばがでた。「成果の見える学力」とは何か?これがキーワードになると思う。

 まず思いつくのはテストだ。テストってなんだ?テストは合格基準に達しているか否かを判別するためのモノだ。合格基準に達していないものは、もう一度というのが筋のはずだ。日本ではこれを試験という。私の語感では、テストは模試ということばに置換わる。中間や期末などはテストの位置づけだと思っている。先生はそう思わない。試験だ。試験は合否のみを重要視する。なぜ間違えたかなど野暮なことはしない。ゆとり教育のコアはこの部分を改善することだった。番組内での認識はこの部分に集約できる。きちんと理解しているようでホッとした。

 時代の流れは成果主義である。「成果の見える学力」とつながる。先生にも成果が求められる。先生の成果とはなにか?よい高校や大学へ多くの生徒を入学されることらしい。今年は合格者数で偽装もあるくらいだ。イギリスでは学力テストの成績で教員の評価が下されるらしい。番組内の発言ではじめて知った。どうやらうまくいっていないようだ。これを聞いて考え直してもらコトもある。


2.学校教育と家庭教育
 学校教育に何を求めるか?私の認識では割れている。

 学校には集団生活の場がある。なので、社会のルールやコミュニケーションスキルを教えてもらいたい。いやいや、教育格差がないよう、学校でも塾や予備校並みに勉強に力をいれてほしい。このふたつで割れているように感じる。

 私は前者が学校の役割と思っている。もっとラディカルに学校は遊び場でもよいのではないかとも考えている。誤解がありそうだが、勉強もする。しかし、遊び場である。以下の記事がよくまとめられている。

404 Blog Not Found:独学は一人では出来ない

その意味で、今の学校は実に中途半端に思える。まず「砂場」が少なすぎる。午後の授業は必要だろうか。学科として必須なのは母国語と数学ぐらいではないか。二時限もあれば足りるだろう。中学校以降はこれに外国語を加えても、三時限。残りは「砂場」でいいのではないか。

ただし、この「砂場」は望めば学習も出来るようにしておく。ここが肝要である。そこでは子供が学びたいものを、好きなだけ学べるようにしておく。もちろん独学してもよいし、そのへんにいる大人を捕まえて質問攻めにしてもいい。そういう大人が常に出入りしているような場にしておくのだ。「課外授業~ようこそ先輩~-」を毎日やっているようなイメージか。


 私がこの番組でいちばん惹かれたのは中谷日出解説員であった。中谷解説員は「美術や図工」の普及提言をしている。激しく同意だ。なぜか?格差を考えたときに如実に違いが現れるのがこの分野でなかろうか?学習塾に通える、通えないということよりも違いが生まれやすい。家計に「芸術費」などを繰り込む家庭は少ないだろう。その時点で格差が発生している。

 それでは美術や図工の教育効果ってなんだろう?そんなもんは分からない。国語だって、数学だってほんとうは分からない。教えることはできるが、それで子どもが変わるのかどうかは子ども次第。その部分を真摯に見つめなければいけない。

see also
教育に情熱をかける教師のために: 変わる教育どうする教育
教育の窓・ある退職校長の想い:ゆとり教育、是か非か。(日本の悲しい『さが』) - livedoor Blog(ブログ)

Wednesday, November 28, 2007

文高理低

 理科離れと言われるようになってから何年経っただろう。

asahi.com: 小中学生理科、考える力身につかず 国立教育研究所調査 - サイエンス
理科実験身につかず 文科省調査 : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 asahi.comの方には、電球とインゲン豆の問題が、YOMIURI ONLINEの方には食塩水と同じくインゲン豆の問題が掲載されている。

 電球に関する問いの答えは、「それでいいの?」と思わないでもない。というか、そんなの習ったかなぁと、思っている。やったのだろう。すっかり、忘れている。これはどういう文脈の中で教わっているのだろうか?興味ある。なんせ、忘れてしまっているので……

 食塩水の問題も、正常な反応だと思うのだが。質量保存の法則なんて立派な名前があるくらいだ。元来、「食塩がなくなったのだから軽くなる」と考えるのが一般的だったのだろう。だから、仰々しく名前をつけた。軽くなるという認識がスタート地点である。この認識がないと意味がないように思える。

 対象が小中学生なのだが、30代、40代の人に同じ問題を出して比較してほしい。よっぽどひどい結果が出るんじゃないだろうか。

Friday, October 26, 2007

学校や教育委員会は「平均より上、下」でなぜ一喜一憂するのか?

 今春に行われた学力テストの結果が公表された。各メディアは「知識はあるが、応用力がない」と報じており、「学力に問題がある」と結んでいる。「はて、学力ってどんな『ちから』だっけ?」と、また悩んでしまう。確か、「学力」が問題として表に現われたときは、「分数のできない大学生」や「円周率は3です」といった知識不足であったと思う。これらを「学力」問題とするならば、「知識はあるが、応用力がない」は「学力」問題の改善であり、喜ばしい結果でないか。

 さて、今日はそんなことではなく、各教委、学校の反応が気になったので書きたい。

全国テスト…学力差、笑顔と落胆 : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 記事にこうある。
 全国学力テストで、公立学校のデータを集計した都道府県別の平均正答率が公表された。好成績を喜んだり、予想外の苦戦に落胆を隠さなかったりと、各自治体の表情は様々。

 ここでいう「平均正答率」というのは、満点に近ければ近いほど「よい」とされるものだろう。個人としてはここで「ん?」であるがそれはいい。ということで、好成績で喜んでいる自治体は満点に近い、100%に近い正答率だったはずであり、落胆している自治体は100%から離れているはずである。
 一方、平均正答率が全国平均を下回った自治体の表情は厳しかった。

 ここで「おや?」である。自治体の「平均正答率」が全国平均を下回った自治体の表情が厳しいとはなぜ?全国平均に何の価値があるのだろう?この場合なら、都道府県別で1番の「平均正答率」を基準にし、厳しいなというのであれば、まぁ、分からないでもない。しかし、全国平均と比べて落胆している意味が全く理解できない。私がとっている新聞の地方欄でも「全国平均を上回る」という見出しがあった。何を勘違いしているのやら。

【主張】全国学力テスト 競争封ぜず学力の向上を - MSN産経ニュース

 このような「主張」もあるのだが、メディアの報じ方や学校・教育委員会の喜哀を見ていると「序列」したいのだなと思わざるを得ない。この際、メディアはどうでもいい。現場、学校や教育委員会が勘違いしなければいい。

 「平均正答率」が上で記した基準で用いられているとすれば、満点が合格ラインなのだろう。ということは、どの自治体も平均では合格ラインに達していないことになる。「本当かよ?」と思うかもしれない。もちろん「本当かよ?」である。だから、平均正答率が判断基準に使われていることが「なぞ」なのだ。

 というか、平均は粒をそろえることに価値があるので、平均に近いことに一番価値がある。だから、平均点60点だとすると、30点も90点も平均を乱す厄介者のはずである。「平均正答率」を物差しに使いたいのなら、前もって基準となるべき点数を提示するべきである。そして、これでよい結果を得るためには、下位の強化が一番手っ取り早い。フィンランドはこれで世界から注目される点数を獲得することができた。

 今回、よい結果を得られた自治体はよい結果の得られていない自治体へ文句を言ってもいいはずだ。なぜなら、平均を下げている要因である。お節介をしてもよい。そして、よい結果を得られていない自治体は、プライドがあるならば、よい結果を得た自治体の技を盗むくらい結果に拘ってもよいのではないか。それが平均より下で落胆している自治体がとるべきプライドある行動でないか。

 今回の学力テストは何を「はかる」のが目的なのか?各設問には必ず「はかり」たい項目がある。それを現場は知っているのだろうか?別に知らなくても問題はないが、余計な時間がかかる。今回の受験者は小6、中3である。テスト結果の活用もままならない。

Tuesday, June 19, 2007

モンスターペアレントの生みの親

 読んでいて、「これネタだろ」と思ってしまったが、そうではないらしい。

親の理不尽な要求、抗議に学校苦慮…読売調査 : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 いろいろと既に言われていることだが、このような要求をきっかけに相互理解を深めていくことがもっとも建設的だというのに賛同する。

 しかし、このような「モンスターペアレント」と呼ばれる親たちを教育したのは誰だろうと考えたくなる。

 モンスターペアレントは、教育を公立で受けたかもしれないし、私立で受けたかもしれない、ましてや、海外で教育を受けたのかもしれない。しかし、それでも、「自分で自分の首を絞めているなぁ」と思う人がいてくれればいいなぁと思う。

 自虐的過ぎるだろうか?

Wednesday, May 16, 2007

二重塾

 まったく意味がわからない。

中学受験、広がる二重塾 : 京都新聞電子版

 記事によると、「中学受験をするために進学塾に通う。しかし、進学塾の講義についていけない。それをカバーするべく塾に通う。」ということらしい。

 中学受験ってこんなに金になるんですか?

Thursday, January 18, 2007

続・早生まれ論争

 昨日の「すぽると」の放送を受けて、また、早生まれに関する記事がピックアップされていた。

早生まれは損か

 かなり細かいデータも掲載されており参考になる。そういえば、桑田も4月1日生まれの超・早生まれだ。

 子どもは成長の黄金期であることは間違いない。しかし、一部ではそれを間違った捉えかたをしてしまっているように感じる。この時期に「できなければ」取り返しのつかないことになるとでも思っているようだ。

Monday, December 04, 2006

早生まれの格差

 幼少期の早生まれに対する「不利」に関する記事。昔からいろいろと言われているが、幼少期の格差を埋める試みも行われているようだ。

早生まれは得?損? 微妙な“格差”埋める動きも|学校教育|教育・福祉|Sankei WEB

 まず、Jリーグの選手の誕生月別で「これほど、バラつきがあるのか」と言っているが、全体の誕生月別の割合が分からないので一概には格差とは言えないのではないだろうか?まぁ、絶対に出てくると思ったが、ちなみに、ヒデと宮本は早生まれである。

 さてさて、勉学面では確かに考慮する必要がある。特に低学年であればあるほど、格差は大きいであろう。公立は知らんが、私立では誕生日別にクラス編成をしたりと工夫をしている。そして、記事にもあるように配慮も必要だ。

 川口さんは、小学校時の成績の差がその後の勉学の過程に影響している可能性を示唆し、「教員などに早生まれの子供に早い時期に(できない子だという)烙印(らくいん)を押したりすることがないように注意を喚起する必要がある」と言及する。

 まぁ、この言葉に問題がないかどうかというと首を傾げるが、心構えは必要だ。

Thursday, November 30, 2006

青少年問題に関する特別委員会(11月16日)の議事録から

 このような特別委員会があることすら知らなかった。よいモノを見つけたと思う。

覚え書き - こういう議論こそ教育基本法に関する特別委員会でやってほしかった

 ざっと斜め読みしてみたが、教育社会学というのがもっと機能し、現場にリンクする必要があるのではないかと感じさせられる。それぞれ、目的や問題意識は一致しているが、解決のための手段となるといくつかの方法がでてくる。これは教育界に限ったことではないが、こと教育になるとそれが大きいと密かに感じている。

 「現象は同じでも、背景が違う」そのために方法が違ってくるのだと直感的に理解した。何も解決方法はひとつではない。しかし、そこら辺を学問としたのが社会学であり、教育社会学でもある。もっと学問として評価されてもよい。

Tuesday, November 28, 2006

保護者を学校の味方にする一試案

 保護者と学校というと、最近では対立という構図が一番最初に思い浮かびます。いろいろと原因はあろうことかと思います。教員の不祥事やいじめなど、親の目の届かない、もしくは親の力ではどうしようもないことも手伝ってか、負のスパイラルのような現象のような気もします。

 その中で、子どもの教育というものにもっと親が責任を持つようにということで「学校選択制度」が思考されたと思います。まぁ、ひとつの理由だとは思います。

 自分が選択したという責任感を持たせることは、学校としては「責任逃れ」じゃないのと思われるかもしれませんが、「こうしてほしい、ああしてほしい」という要望を減らせることも事実だと思います。ある程度、望みのところに子どもを通わせているわけだし。学校としては、余計な仕事が減るってもんです。学校の権威というか威厳というものも再構築できるでしょう。私的意見として、保護者に大学の教職課程を履修する権利を与えることも、学校の味方にするひとつの方法のように思います。

 これは、自分の経験から考えたことなのですが、教職課程の勉強をしていると漠然としていたものが、クリアになることが多々あります。もちろん程度の差はありますが、大抵はすっきりします。教育というのは、全員が何かしらの体験をしているので、人それぞれの意見が存在します。そういった意見を聞くだけでも効果はあると感じる。「結果ではなく、過程に興味が出てくる」というのが一番の狙いです。

 保護者にとっても学校にとってもメリットはあると思う。

Tuesday, May 23, 2006

ゼロトレランス

 ゼロトレランス(Zero Tolerance)に関する記事があった。

生徒指導厳格化:「信頼関係損ないかねぬ」…校長ら懐疑的-教育:MSN毎日インタラクティブ

 高校では停学や退学などの懲戒処分ができるが、小中学校ではできない。現在では高校でもこれらの懲戒処分が「思う存分できるか」といったら、おそらくNoだろう。最近の教育現場では敬遠されがちなことだと思う。

 このようなゼロトレランスが必要な背景もある。しかし、これを一律、横並びで行う必要は全くない。このような「厳しさ」も認めるということにはできないだろうか。そうすると基準の問題が出てくるが、学校や先生単位ではなく、児童・生徒単位で判断することができると思う。ゼロトレランスを発動するに当たり、かなり臨床実験を行ってデータや傾向等々取れているはずだ。

 記事にコメントを寄せているふたりの著名人の意見も正反対の意見なのだが、それぞれ一理あり、問題の難しさを呈していると思う。個人的意見だが、校則の信憑性というか妥当性というのも、そろそろ考えてもいいのではないかと思う。

 例えば、小中学校では授業中に飲食できない。というか、その類のものを学校に持ち込むこともできないのが原則だろう。しかし、大学や職場になれば、ドリンクはおろか、ちょっとしたおかしを傍らに置いていても文句は言われない。むしろ、作業効率があがればなんでもありという職場もあろう。

 休み時間に関しても、先生は次の授業への接続と考えて休む時間ではないと言う。そうではなく、きちんと休むための時間を確保する必要があるのではないか。私が学生の頃は、2時間目と3時間目の休みが15分か20分くらいあったが、若干長いと常々思っていた。それならば、均等に10分にしてもらいたいなと思っていた。自分が望むときに休みが取れないのだからそれくらは融通利かせてもいいと思う。私の会社では月に5%の自己管理時間というのがある。厳密に5%を計っているわけではないが、自分の好きなときに休憩を取ることが認められている。自分のペースというものが作業効率に大きく関わると、会社側も認めた結果と思う。学校の一斉教授では難しいが……

 私としては、逆に全く自由にしてしまうのもアリだと思っている。そこには時間割もない。校則もない。先生も率先して教えることはしない。教えを乞いにきたものだけに教える。まぁ、このように自発的に動ける人に育てることが義務教育の核なのだが、「枯渇感を呷る教育」ってのも必要だと思っている。

 少し話がずれてしまったが、ゼロトレランスに関しては現行の学校運営をする上では必要だと思う。しかし、ケースバイケースで児童・生徒単位で考えて行うべきだ。やってしまったコト単位で考えるべきでない。それより、ゼロトレランスの話をする前に、現行の学校運営を考えるべきなのでは思う。

Monday, May 08, 2006

大学も企業も自分が生き残ることに必死

高校生青田買い:1学期で合格…面談で合格も 大学も必死-教育:MSN毎日インタラクティブ

 「AO入試」を採用する大学が国公私立を問わず急増し、いち早く高校生を囲い込もうという動きが強まっている。高校3年の1学期にあたる5月末に合格を出すことを表明したり、選抜の途中で合格の「内定」を出す私立大も現れた。急激な少子化を背景とする「青田買い」の過熱に、高校側は「生徒が学校で勉強しなくなる」と神経をとがらせている。

 AO入試は、大学が受験生の自己推薦を募り、面接や小論文で選抜する。高校長が日ごろの成績を基に生徒を推す従来の推薦入試に比べ、人物重視の選抜方式とされる。本家米国では多くの大学が早くから取り入れ、日本では慶応大が90年度初めて実施。導入する大学は増え続けている。

 推薦入試では願書の受け付けを11月1日以降とする文部科学省のルールがある。しかし、AO入試に縛りはなく、多くの大学は夏ごろから受け付けを開始する。

 昨年、福岡県太宰府市の第一経済大では、5月末に合格を出すという触れ込みでAO入試の受験生を募った。しかし、応募者はなく、今年は合格発表を7月末に設定する見通し。

 また、愛知県美浜町の日本福祉大は先月受け付けを開始(合格発表は10月)。岐阜県大垣市の岐阜経済大は今月15日から開始する(同11月)。愛知県岡崎市の愛知産業大は、出願前の面談で合格に当たる「出願許可書」(内定)を出す。

 AO入試の広がりについて、大手予備校の担当者は「中には『来れば内定、会えば内定』という大学もある」と明かす。大学見学や面談に訪れた受験生を軒並み合格させるという意味で、選抜の質を疑問視する。夏休み前に進路を決める生徒も増え、進路担当の都立高教諭(39)は「生徒が楽な方へ流れ、勉強しなくなる」と嘆く。

 推薦入試でも80年代後半、大学がいかに早く合格を出すかを競い合い、当時の文部省が95年度から「11月1日」の縛りを設けた経緯がある。【高山純二】

 ◇10年で161校も増加

 文科省によると、国公私立の大学数は05年度が計726校(国立87、公立86、私立553)。10年前の97年度は計565校(国立98、公立52、私立415)で計161校も増加した。一方、大学進学者数は95年度の59万7986人に対し、05年度が56万8336人と約3万人も減少した。07年度には大学・短大の進学希望者数と合格者数が同じ「大学全入」になるとの試算もある。

 ▽AO入試 学生の募集から入試までを担当する米国の大学の「アドミッション・オフィス」(入学事務局)が、名前の由来。大学により選抜方法は異なるが、志望理由などを記したエントリーシート(志願書)を提出させ、面接や小論文で選考するのが一般的。国立では00年度、東北大、筑波大、九州大の3校が初めて導入。文部科学省によると、05年度入試では、国立大では約3割の25校、公立大は2割弱の12校、私立大では約7割の364校が導入した。

毎日新聞 2006年5月8日 3時00分
 少し前の就職活動でも問題になった青田買い。少子化により学生確保が難しくなり、なんとしてでも学生を確保したいという思いが感じられる。

 AO入試自体が悪いわけではない。ましてや、早めに、この記事のように5月に内定を出すことも悪いことではないと思う。確かに勉強しなくなるということも真だが、その後の時間を学生は有意義に使えるメリットもある。大学の勉強の予習をするかもしれない。しかし、記事によると、学生の動向云々ではなく、結局は学生確保、経営安定といった企業経営のためというのはいささか悲しい。もし、自分なら、そのような目的でAO入試を行っているであろう大学には、進んで入学することはないだろう。この判断は難しいが……

 全入時代だからこそ、大学のブランドに価値がおかれる。これからは、今まで以上に受験は激化するだろう。そして、間違いなく大学は二極化する。就職にも影響するでしょう。

Sunday, May 07, 2006

本屋のオヤジが気づいたこと

 このような試みが行われていることすら知らなかった自分にガッカリですが、現社会におけるひとつの問題提起にも一役買うのではと思う。

asahi.com: 「中学生はこれを読め」 書店主が推薦リスト、全国波及 - 教育
 札幌の本屋のオヤジは気がついた。「最近の中学生は本を読まないと言うが、うちには彼らのコーナーがなかった」。オヤジは500冊のお薦めをリストアップし、専用の棚を作って、こんなキャンペーンを始めた。「本屋のオヤジのおせっかい 中学生はこれを読め!」。それから1年半、おせっかいは全国に広がっている。
 本屋のオヤジの言葉に
「最近の中学生は本を読まないと言うが、うちには彼らのコーナーがなかった」
というのがあったが、これが現実だろう。Web進化論でも触れているが、書店には実空間に収めされるだけの本しかおけない。しかも、あまり売れない本をおくだけでは、在庫負債といった形になってしまうので、基本的にはどこの書店も似たり寄ったり、かつ、売れ筋の本をおくことになる。それじゃイカンと気が付いたオヤジに拍手を送りたいです。

 こういった試みは学校外だからこそ機能すると私は考えているので、できれば、学校教育には持ち込まないでもらいたい。なぜかというと、学校教育に吸収されてると、当初の目的が変わってしまって、まるきし機能しないことが多々あるという話を聞いたことがその根拠。具体的にどれとどれと言えないが、これは間違っていないという気がしている。

Monday, November 07, 2005

イサムノグチから見える子ども教育

 去る11月6日、東京都現代美術館で開催されている「イサムノグチ展」に足を運んだ。イサムノグチで私が思い出すものは、「あかり」と「プレイグラウンド」だ。

 インテリアに凝った時期があり、そのときにはじめてイサムノグチの名前を知った。なので、私の中で彼は「デザイナー」という認識だった。チョット前に北海道に彼の最後の作品「モエレ沼公園」が完成したというTV番組を観て、彼が世界的な芸術家だと知った。

 彼の催しを見に行こうと思ったきっかけは、子ども向けのプログラムを用意していることだった。私は常々、芸術は直に見てこそ価値があると考えている。自分の目で、自分の見たい角度から、余計なうんちくも聞かずに観てこそ価値があると。

 が、今回、共感したのはこれとは別のコト。

 最近は私が子どもだった頃と比べても、外で遊べる場所が減っているし、遊んでいる子ども達を見ることも減ったと思っている。そんな時代の流れの中で、彼の「モエレ沼公園」はひとつの希望だと思っている。

 大人も子どもも楽しめる場所は少ない。今は細分化されてしまっていて、異なる世代が関わりにくくなっているのは事実だ。

 これを発端に各地に芸術家がプランナーの公園や広場、遊び場が増えれば、とてもよいことだと思う。それに刺激されて公園などにも芸術家やデザイナーが関わった公共公園なんてのも出てくれれば、イイんだけどなぁ。

Thursday, October 27, 2005

山口県防府市の多々良学園が経営破綻 負債総額71億円

朝日新聞の記事。以下、引用
山口県防府市の多々良学園が経営破綻 負債総額71億円

2005年10月26日20時41分

 山口県防府市の私立多々良学園高校などを経営する学校法人多々良学園(中村見自(けんじ)理事長)は26日、民事再生法の適用を東京地裁に申請し、保全命令を受けたと発表した。負債総額は約71億円(3月末現在)。文部科学省によると、高校を経営する学校法人への同法適用は、把握している限り全国初という。

 同法人によると、同校では少子化で89年をピークに生徒数が減り、授業料などの収入が減少。旧校舎の老朽化で99年に移転計画を立て、04年4月に全面移転したが、多額の有利子負債の返済で資金繰りが悪化した。

 03~04年に金融機関から約73億円の融資を受け、総額約85億円の移転工事に取り組んだ。野球場や人工芝のサッカー場を備えた新校舎が完成したが、30億円を予定した寄付金が3億円しか集まらなかったという。

 同校は今後も通常通り授業を続け、来年度の募集も例年通りという。中村理事長は「相当の額を寄付に頼る計画に無理があった。生徒や保護者に心配をかけ、深くおわびする」と陳謝した。

 代理人の弁護士によると、債権者は約50社で、27日に同校で債権者説明会を予定。今後は他の学校法人をスポンサーとして募る。「旧経営陣に対し、損害賠償など法的責任を問う必要があるか調査する」と話した。

 同校は普通科と総合学科に計約800人の生徒が在籍中。教職員は94人。スポーツが盛んで、特にサッカー部は前回の全国高校選手権で8強入りしている。同法人は同市内で付属幼稚園も経営している。
 多々良学園って聞いたことがあるなと思っていたら、サッカーが強いところなのですね。高校を経営する学校法人への、民事再生法の適応は初らしいです。少子化、スポーツへの傾斜、経営プランの見積もりの甘さが重なっての事態だと思っています。

 怖い時代ですね。

Friday, October 07, 2005

学力向上は学校より塾・予備校

読売新聞の記事より。以下、引用
学力向上は学校より塾・予備校、親へのアンケで大差 読売新聞

 内閣府のアンケート調査で、「学力向上の面で、学校と学習塾・予備校のどちらが優れているか」を親に聞いたところ、学習塾・予備校を挙げた人が70.1%に上り、学校はわずか4.3%にとどまったことが6日、分かった。

 「学習塾・予備校」を選んだ理由(複数回答)は、「教え方がうまい」が64.6%、「受験に役立つ」が62.6%、「学習進度に応じた指導」が62.4%だった。ゆとり教育については、「見直すべきだ」が61.6%にのぼり、「継続すべきだ」は5.0%だった。

 調査は、内閣府が野村総合研究所に委託した。同研究所のインターネット調査のモニターのうち、小中高に通う子供を持つ親2万7306人の中から3620人を無作為に抽出し、1270人から回答を得た。
 学校の先生が、塾講師に「教え方」を学びに行く時代です。なにも不思議なことではないと思う。学習塾と学校の役割の差を考えれば、今の学校の問題が見えてくるのではないでしょうか?