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Monday, December 01, 2008

たばこと学校

 高校の学生寮に喫煙室がある
というニュースに昨日は驚いた。
自分の頃とどうしても比較してしまう。
ものわかりのよい(?)先生もいたが、
このような先生は非公式だった。

 そんな中で以下の記事を読む

KOYASUamBLOG2 | 喫煙への対応

 違和感ありありだったが解決した。

asahi.com(朝日新聞社):黄柳野高「生徒の3割喫煙」 校長会見、喫煙室は閉鎖 - 社会

同校は不登校の生徒を支援する目的を掲げて1995年に全寮制として開校した。開校以来、同校では喫煙をする生徒が目立っていたという。

 がんばって学ぼうとしている。
喫煙と社会復帰(?)のどちらを選ぶのか?
暗にそう問われているみたいだ。

 時代の空気は後者を求め、
前者はできればなおよし、
といったところか。

 中学生、最近では小学生の喫煙も問題である。
まぁ、私のまわりだけかもしれない。
 体に悪いだの、肺がんになるだのは
脅しでしかない。たばこを吸わなくても
肺がんになることもある。
 今なら、「脳に悪い!」とでも言い続ければ、
刷り込めそうな気がしないでもない。

Wednesday, September 05, 2007

朝青龍問題、波及か?中学で武道必修化へ

 タイムリーなだけに「朝青龍問題に釣られてか?」と考えてしまう。

中学で武道必修化へ 中教審体育部会 「伝統文化」重視で|学校教育|教育・福祉|Sankei WEB

 子どもの体力低下を懸念して学校体育に力を入れる、と先に報道された学習指導要領改正にあったが、こう来たか。言いたいことはなんとなく分かる。相撲の新弟子検査にはじめて受験者が0人という報道が7月にあったしね。

 しかし、これが意外であった。

男子の武道は4年度まで必修だったが、女子について必修化するのは戦後初めて。


 4年度って平成4年度ですよね?だとすると、私は武道必修だったはずであるが、まったく記憶にない。はて、なぜだろう?忘れたい記憶なのかしら。

 もうひとつ危険な発言がある。

文科省によると、武道の必修化は「触れてみて良さがはじめて分かる」(企画・体育課)という狙いが強い。


 まぁ、なんというオカルトでしょう。学校現場では、これは禁じ手のはずである。だから、体罰が禁止された。「言語力」を鍛えたいと教育改革を模索している大締めが言うことばではない。

 しかし、剣道や柔道を必修にするなら、古武術でも必修にすればいいのに。こちらの方が、日本文化としては古いだろうし、実際にも役に立つ、一石二鳥でしょう。 

Friday, August 03, 2007

横綱として朝青龍、プロスポーツ選手として朝青龍

 朝青龍の処分が決まった。2場所出場停止と九州場所までの謹慎、そして、減俸である。私の率直な感想は「厳しいな」であった。

asahi.com:朝青龍、2場所出場停止の処分 日本相撲協会 - スポーツ

 8月2日付読売新聞・朝刊では事実上の引退勧告という見出しもあった。2場所の出場停止は力士にとってそうとう堪えることなのだろう。私は相撲が好きでよく見るのだが、怪我が癒えぬのに土俵に立つ力士は多い。理由は「相撲感が鈍る」というものらしい。それくらい、体を動かしていないと不安なのだろう。そのような世界観に2場所の出場停止は厳しい処分だと理解する。

 横綱は降格しない。自分の進退は自分で決めることを求められている。力士としては破格の扱いを受けるわけだが、横綱には成績だけではなれない。横綱審議委員会なるものがある。

横綱審議委員会 - Wikipedia

 横綱になるにはここで推薦されねば審議にもならない。朝青龍も例外ではない。上記のWikipediaに横綱推薦基準がある。

  1. 品格、力量が抜群であること
  2. 大関で2場所連続優勝した力士を推薦することを原則とする
  3. 2場所連続優勝に順ずる好成績を上げた力士を推薦することができる


 トップに「品格、力量が抜群であること」とある。これがトップにあるということは、これが必要最低条件なのだろうと思う。横綱審議委員会では問題ないとして朝青龍を推薦したのだから、節穴という他ない。

 横綱には第何代という冠がつく。それだけ稀有なものなのだろう。横綱不在という理由のみで安易に横綱を作ってはいけない。そいういうことをファンは節度をもって示していかなければいけないのではないか?

 そして、「世論だから」という理由で朝青龍を横綱にしたのであれば、横綱審議委員会はまったく必要ない。邪魔なだけだ。彼らの本来の役割は、飽くまでストッパーだ。それ以外のなにものでもない。

 プロスポーツ選手としての朝青龍は一流である。それに異論はないだろう。そうなってくると、彼一人の問題とするのは如何なものか?特に横綱審議委員会、師匠の高砂親方には考えていただきたいことが多くある。

 今回のことはとても残念だが、今までも横綱の愚行が問題とされてきた。なぜ、火種が小さいうちに始末できなかったのだろうか?考えていただきたい。

Wednesday, December 27, 2006

愛国心の通知表評価

 愛国心評価というのはすでに行われているのかどうか、調べていないので不明瞭なのではあるが、私の記憶ではまだだったような気がする。

373news.com - 通知表に「愛国心」評価 薩摩川内市の2小学校

 鹿児島県の公立小学校で、通知表に愛国心の評価欄があったとのこと。1校では2003年度から行われているということなので、今年の教育基本法改正による関心の高さが伺える。そういう私もそうであるが……

 記事によると評価項目は以下である。
  1. 我が国の歴史と政治、国際社会における役割に関心を持ち、歴史と伝統を大切にし国を愛する心情を持とうとする
  2. 我が国の社会的事象に関心を持ち、意欲的に調べ、国を愛する心情と世界の国々の人々と共に生きるという自覚を持とうとする
 まぁ、「我が国」という言葉だったり、「国を愛する」という言葉だったりが愛国心と結びつくか。記事によると学校側は愛国心の評価ではないと言っている。学習指導要領の「我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てるようにする」という文言から設定した項目のように受取れる。

 そうか、学習指導要領に書いてあるのか……。それなら評価せねばならないよなぁ、普通に考えれば。しかし、教育基本法に文言を入れる入れないであれだけもめているのに、学習指導要領の方はそれほどシビアではないのね。なんか、腑に落ちないけど……

Friday, December 01, 2006

品性の問題と言ってしまったらそれまでなのだが……

 ある特定の学校だけの話なのか、それとも一般的な話なのか。

OhmyNews:公立高校教師の華麗なる生活

 記事を読むと、組合という存在が問題なのだというようにとれる。どんな組合なのか知らないが、何かに対して敵対意識を持っているような組合だと、私は感じた。どこと対立があるのか分からない。あくまで推測である。

 しかし、品性の問題と言ってしまったらそれまでなのだが、なんとも骨砕けだ。私生活がどうであろうと、教育を受けた生徒がよい教育を受けたと思ったならば、それはそれでよいだろう。共に働くのは苦痛ではあるが、どう関わろうと自己責任だと考えればよいと思う。ただそれで、被害を被るのであれば、考えなければならないが。しかし、そう思っても、私はこの記事の教員の行動に悪意を感じずにはいられない。

Wednesday, November 15, 2006

“愛国心”って何ですか

 昨日のクローズアップ現代で、愛国心を教える授業を放送していたのを思い出した。

今日行く審議会@はてな - 愛国心の問題を無理矢理無害化する授業

 NHKのホームページより、放送内容は以下。

“愛国心”って何ですか

教育基本法の改正案が今国会で成立する見通しで、昭和22年に制定されて以来、60年ぶりの改正となる。改正案の最大のポイントは、「愛国心」がどう盛り込まれるか。戦前の皇国教育への反省から生まれた教育基本法は、「個人の尊厳を重んじ」、「自律の精神を養う」という理念に賛同する人々と、国を形作る構成員としての「道徳心」や「規範意識」に欠けると見る人々の間で常に揺れてきた。「愛国心」とは何か。それをどうやって子供たちに教えていくのか。法律の改正で大きな影響を受けることになる学校の現場から、考えていく。

 このように、「愛国心とは何か?」という問題を、3者の視点で描いていた。3者とは、仏教系私立、キリスト教系私立、そして公立である。私としては公立に興味があるのでそこに言及する。

 放送されていた授業を見る限り、気が重くなるものだった。私もこのような授業をしなければならないのかという意味も含む。その授業内容は以下のサイトにあるよう内容だった。

Imaginary Lines - 論理の飛躍についていけなんだ

 授業を行っている先生も手探りだろう。その苦労もよく分かる。その後の研究授業のレビューの模様を見ても、それらが痛いほど分かる。しかし、どうにもこうにも腑に落ちなかった。今日行く審議会@はてなさんのところの文を引用するが、同じ気持ちだ。

 そして、こういう授業の問題点はもう一つある。それは、限定された価値観だけをそこでは正当化し、美化し、子どもはそれを受け入れさせられることだ。教室には、その価値観に反論できるほどの知識や能力を持った人間がいない。だから、討論なんて生まれない。あるのは想定された範囲内での揺れだけ。「一人の生徒が「スージーさんの国も美しいと思うから…」と反論をしていた。」という。その子どもはその授業のおかしさに気が付いている。しかし、教員はそれをまともに取りあげなかったようだ。そういう授業では、子どもの考える余地も多様な価値観を育むこともしていない。

 そう、愛国心の授業となると「反論が許されない」のだ。学校では「聞く態度を持ちなさい。相手の立場になって考えなさい。」などとしつこく教えているだろう。しかし、その態度が先生にないのは如何なものか。この1点をとっても腑に落ちない。

 私は愛国心なんてのは自然と生まれてくるものだと思う。自分にとって、家族にとって、好きな人にとって、住みやすい国であるならば、自然と帰属意識は高まるだろう。もちろん、愛国心はこんなことだけではない。私自身、勉強不足なの浅い展開しかできないのが歯がゆい……

Saturday, November 04, 2006

青い目、茶色い目

 TBS、ブロードキャスターでの岡本行夫氏の発言を受けて思い出した。「青い目、茶色い目」というドキュメンタリー。

frontline: a class divided | PBS

 私はこのドキュメンタリーを通教のスク(確か異文化間コミュニケーション概論だと思う)で見ました。確か人種差別の話の時だったと思う。教育現場でも用いられているモノらしいことが、齋藤孝氏のサイトが上位に表示されるGoogleさんの検索結果から分かる。

 個人的には衝撃的な内容だと感じた。今の日本で、学校教育で行われたら「PTSDになるではないか」などと抗議されかねない内容だと思います。しかし、本気度は高いと感じられる内容であることは間違いないと保護者も感じることができるでしょう。言葉で説明するのは誰でもどこでもできるが、これは学校もしくは団体生活をする場でしか実践できない内容です。

 このドキュメンタリーはNHKで1988年に放送されたようです。もう、18年も前になります。私は幸運にもこのドキュメンタリーを見ることができましたが、教育関係者以外にも是非とも見てもらいたいと思います。

Sunday, October 29, 2006

什の掟

 ソースが日刊スポーツというのがいささか心許無いが、遅かれ早かれ採り上げられるだろうと思っていた。

いじめ問題に「什の掟」問い合わせ続々 - 社会ニュース : nikkansports.com

 「国家の品格」が発行された当初もなんやかんや言われたが、教育現場が積極的に取り入れたいと動いているという。

 現在は博物館となっている会津藩校日新館には、全国の教育関係者から問い合わせが相次いでいる。同館によると「九州、四国を含め、全国の小学校の校長先生から『現代風に変えて子供たちに教えたい』という声が多い」という。

 まぁ、変えずに教えても困るけれど……、どう変えられて子どもたちに教えられるのか、いささかの心配はある。しかし、なぜコレが今に生きていないのかをよくよく考えてもらいたい。

Tuesday, May 23, 2006

ゼロトレランス

 ゼロトレランス(Zero Tolerance)に関する記事があった。

生徒指導厳格化:「信頼関係損ないかねぬ」…校長ら懐疑的-教育:MSN毎日インタラクティブ

 高校では停学や退学などの懲戒処分ができるが、小中学校ではできない。現在では高校でもこれらの懲戒処分が「思う存分できるか」といったら、おそらくNoだろう。最近の教育現場では敬遠されがちなことだと思う。

 このようなゼロトレランスが必要な背景もある。しかし、これを一律、横並びで行う必要は全くない。このような「厳しさ」も認めるということにはできないだろうか。そうすると基準の問題が出てくるが、学校や先生単位ではなく、児童・生徒単位で判断することができると思う。ゼロトレランスを発動するに当たり、かなり臨床実験を行ってデータや傾向等々取れているはずだ。

 記事にコメントを寄せているふたりの著名人の意見も正反対の意見なのだが、それぞれ一理あり、問題の難しさを呈していると思う。個人的意見だが、校則の信憑性というか妥当性というのも、そろそろ考えてもいいのではないかと思う。

 例えば、小中学校では授業中に飲食できない。というか、その類のものを学校に持ち込むこともできないのが原則だろう。しかし、大学や職場になれば、ドリンクはおろか、ちょっとしたおかしを傍らに置いていても文句は言われない。むしろ、作業効率があがればなんでもありという職場もあろう。

 休み時間に関しても、先生は次の授業への接続と考えて休む時間ではないと言う。そうではなく、きちんと休むための時間を確保する必要があるのではないか。私が学生の頃は、2時間目と3時間目の休みが15分か20分くらいあったが、若干長いと常々思っていた。それならば、均等に10分にしてもらいたいなと思っていた。自分が望むときに休みが取れないのだからそれくらは融通利かせてもいいと思う。私の会社では月に5%の自己管理時間というのがある。厳密に5%を計っているわけではないが、自分の好きなときに休憩を取ることが認められている。自分のペースというものが作業効率に大きく関わると、会社側も認めた結果と思う。学校の一斉教授では難しいが……

 私としては、逆に全く自由にしてしまうのもアリだと思っている。そこには時間割もない。校則もない。先生も率先して教えることはしない。教えを乞いにきたものだけに教える。まぁ、このように自発的に動ける人に育てることが義務教育の核なのだが、「枯渇感を呷る教育」ってのも必要だと思っている。

 少し話がずれてしまったが、ゼロトレランスに関しては現行の学校運営をする上では必要だと思う。しかし、ケースバイケースで児童・生徒単位で考えて行うべきだ。やってしまったコト単位で考えるべきでない。それより、ゼロトレランスの話をする前に、現行の学校運営を考えるべきなのでは思う。

Tuesday, March 07, 2006

子供は「早寝・早起き・朝ごはん」…文科省が支援

 大人は大変なのだ……

子供は「早寝・早起き・朝ごはん」…文科省が支援 : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
 子供の夜更かしや食生活の乱れをなくそうと、文部科学省は4月から、「早寝・早起き・朝ごはん」を合言葉に、朝のラジオ体操や学校での早朝読書会など、子供の生活リズムを改善させる様々な地域活動の支援・推進に乗り出す。

 具体的には、親子での早朝ゴミ拾いやラジオ体操、始業前10分間にパズルやクイズを解く「頭ほぐし運動」など、地域や学校が独自に実施する取り組みについて、文科省がその効果を検証したり、フォーラムを通じて全国に紹介したりする。2006年度予算案に1億3000万円を計上している。

 2月28日には、活動の推進母体として、日本PTA全国協議会、全国商工会連合会、全国ラジオ体操連盟など30団体による全国協議会発起人会を設置した。4月24日に全国協議会の初会合を開く。

 文科省の調査では、朝食を食べないことがある小学生は15%、中学生は22%に上る。国立教育政策研究所の03年度調査では、朝食を「毎日食べる」小学5年生は、「全く食べない」か「ほとんど食べない」子供より、国語・算数のテストで平均1割以上得点が高い傾向にあるという。
 子どもの習慣は大人に全責任があると思う。例えば、仕事が休みの日は遅くまで寝ていても「疲れているからいいんだよ」となると、「疲れているならいいんだ」と子どもは思ってしまわないだろうか。しかもフレックス通勤や時差通勤などで子どもより遅く起きる大人も多いのではないだろうか。道を示すのは大人であるのに、大人は実践できていないとなると歪が生じると思う。「いまどきの子ども?」でも、このことに触れているが、親や大人の意識でしか変えることができないと思う。これをどのように変えていくかってのが必要でしょう。