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Saturday, May 17, 2008

俗説を 根拠に4割 「期待せず」

 あれれ

小学校での英語教育、保護者の4割「期待せず」 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 少し前に、小学校英語教育に関する反応についてこう書いた。

小学校英語の授業内容が発表されたあたりで、賛成派から「これなんか違くない?」という声が聞けるかと思った。しかし、まったく聞かない。賛成派もいろいろ考慮していたのだと感心する。


 どうやら私の耳に届いていなかっただけらしい。

7割の保護者は英語活動が効果をあげる条件として「英語専門の教員の配置」を求めており、小学英語の実施が近づく中、保護者の多くが教師の指導力に不安を抱いている現状が浮き彫りになった。


 「専門教員の配置」が英語活動の効果を上げる条件ならば、中学・高校で成果が上がらないのはなぜか?成果が上がらない理由が本当に年齢だけなのか?

 その他の条件は以下。

「小学校にふさわしい指導法」が67%、「外国人ネイティブの配置」は58%だった。


 「小学校にふさわしい指導法」とはどんな指導法なのだろうか?私も知りたい。ネイティブ志向もあいかわらずだ。

 このアンケート結果を見ると、現在の中学校や高校での英語の授業を小学校で行ってほしいと思えてならない。それとともに早期教育に対する期待度の高さが目につく。語学に関しては根強い。

Saturday, May 03, 2008

小学校英語教育での中間管理職の悩み

 小学校英語教育が2011年度から必修化になる。今現在は移行期間であり、各自治体、各学校単位で試行錯誤の連続であろう。そんな試行錯誤のなかでの現場レポート。

小学英語 多難な必修化…自治体 授業時間確保に差 : 教育 子供 トピックス : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 関西地方の報道である。関西といえば、教育改革に熱心な京都が思い出される。しかし、それに反し、大阪の苦悶のようすも知られている。本記事でも比較対照されている。が、問題はそこではない。

 まず小学校英語って何をするのか?記事のノートにこうある。

英語の必修化

 小学5、6年生を対象に年各35コマの授業を行う。英語のコミュニケーションに慣れるのが目的で、「話す・聞く」に重点を置き、「読み・書き」は行わない。中学校の英語とは異なり、「教科」ではなく、成績評価はしない。文科省が作成した教材「英語ノート」(試作版)には、2年間で285の単語と、50の表現が盛り込まれている。

 ポイントは対象学年が高学年の5、6年生。授業時間は各学年35コマということ。そして、ここではふれられていないが本文中に、

文科省は、35コマのうち3分の1程度にALTが補助に付くのが望ましいとの基準を示している

 ALT は35コマ中おおよそ12コマの授業に帯同しなければいけない。ポイントはこの3点であろう。

 本記事で指摘したいことは、おそらく予算のことだと思う。予算となると中間管理職ならではの悩みどころだ。

学習指導要領の改定に伴い、2011年度に必修化される英語教育で、自治体間で取り組みの差が広がり始めている。3年後の実施に向け、教員を指導方法に慣れさせようと、新指導要領に合わせて小学校5、6年生で年35コマ(1コマ45分)の授業を行う地域がある一方、人件費を理由に必要な外国語指導助手(ALT)を確保できず、数コマにとどまっている地域も多い。中には、在住外国人らを臨時講師に雇ってしのぐ自治体も。今後、3年間で英語教育への取り組みの差は、さらに開く可能性もあり、専門家らは教育現場での早急な対策を訴える。

 これを読むと、まず、新学習指導要領に対応すべく、文科省が求める ALT を確保しつつ、年35コマの授業を行っている地域がある。一方、ALT を雇えず年35コマを下回る回数しか授業ができない地域があるといっている。ALT を雇えずとも年35コマをカバーすることはできると思うのだが、そこらへんがいまひとつ掴めない。

 もともと悩みのタネであった、「誰が教えるのか?」という問題だ。上で述べたように ALT の帯同は各学年約12コマである。ALT 1年雇うのに必要な経費は、一人頭、おおよそ300万円だと大阪市の事例からわかる。

大阪市では、今年度の小学校のALT人件費は約2000万円。7人を雇用するのが精いっぱいで、299の全小学校の6年生だけにしか授業ができず、しかも年6コマ。5年生の授業は、中学校のALTを派遣してやりくりするが、昨年度の実施率は全校の約30%。市教委は「もっと必要なのはわかっているが、増員できず頭が痛い」と嘆く。

 ここでは、ALT を補助にいれた授業が年6コマということだろう。文科省が求める数値の半分である。かつ、6年生のみとなるとまた半分になる。文科省が求める数値の 1/4 の達成率になる予定である。

 中学専門の ALT を応急手当で宛がっても、ALT が補助にはいった授業を行った学校は 30% に止まる。比べられる数値データがひとつもないので、何がなんだかよくわからない。6年生と同じ条件で、年6コマの授業を行ったということでいいのか?年6コマの授業を、全小学校299校の 30% である、約90校できたでよろしいか?予算がないので困っているというのであれば、きちんと書いたほうがよい。

 小学校英語の授業内容が発表されたあたりで、賛成派から「これなんか違くない?」という声が聞けるかと思った。しかし、まったく聞かない。賛成派もいろいろ考慮していたのだと感心する。

Friday, September 21, 2007

小学校はCD付きテキスト、中学・高校は?

 文科省は、約4億5,000万円を使い、小学校の英語教育で使う「英語ノート」を配布する方針に固めた。

小学校にCD付きの「英語ノート」を導入へWorkbook with CD to be Introduced for Elementary School English Classes (英語教育ニュース)

 ねぇ、中学校は?高校は?既に教科書とともにCDも配布されているの?

Saturday, July 28, 2007

危うし!小学校英語

 驚くほど分かり易く書かれているが、小学校英語教育に賛成の保護者に読んでもらえるのだろうか?

Amazon.co.jp: 危うし!小学校英語 (文春新書)

 なぜ保護者なのかというと、本書でも指摘があるように、この問題に対する世論の声の大部分は保護者であろう。それが文科省を動かしているという指摘が本書にある。疑問に思うのだが、文科省は保護者の声だけでここまで強固な姿勢を貫くのか?もうひとつ疑問に思うことは、保護者は小学校英語教育を帰国子女のような状態にすることと勘違いしているのではなかろうか?

 はじめの疑問に対しては、昨日、興味深い記事があった。

asahi.com:「入社時から給与に格差を」経団連会長、フォーラムで - ビジネス

 学校教育のゴールはおそらく社会人になることだ。そこからの要求は飲まねばならないだろう。

 次の疑問に対しては、「外国語は、早ければ早いほど効果がある」というのが動機になっていると考えると、全くの見当違いとはいえない。「帰国子女のような状態」ってなんだろうと考えると、「楽してモノにさせたい」ということだろうか。しかし、日本語でも「最近の若者の日本語はなっちゃいない」などというのがあるように、母語であろうとも楽というのはないだろう。

 本書では、「小学校英語」って一体なに?いま小学校で行われている英語と、必修化しようとしている英語教育ってどう違うの?小学校では誰が教えるの?そもそも日本における「英語教育」ってなに?そして、どうして反対なの?ということが、とくとくと述べられている。個人的には「第三章 誰が英語を教えるのか」と「第四章 日本の英語教育はどうあるべきか」は是非とも読んでもらいたい。

発音が日本人的だと、「この人は英語が母語ではなく、外国人として英語をしゃべっていますよ」という、ひとつの警告になる。(pp.192)


 私もこの言葉はよく使う。日本語を話す外国人と接する機会がある人は分かるのではないだろうか?

see also
文藝春秋|本の話より|自著を語る 欠陥だらけの小学校英語に唖然

Friday, July 20, 2007

読売教育賞

 アンテナにひっかかっていたコトがNTVのニュースで放送されたらしい。

思索の木蔭:英語で教える小学校 - livedoor Blog(ブログ)

 先日(7月19日)の読売新聞・朝刊の「くらし・教育」欄に読売教育賞を受賞した試みが取上げられている。福岡県大野城市立大野南小学校の上原明子教諭による「学校生活のあらゆる場面で英語を使う環境をつくる小学校学級担任の試み」というモノだ。行われていることはイマージョン教育だ。

イマージョン・プログラム - Wikipedia

 「公立校もここまできたか……」というのが、正直な感想だ。

 私は新聞記事でしか、この試みを知らないので、どのくらい英語を使っているのか想像しにくい。記事を読む限りでは、国語まで英語でやっていると書いてある。国語までとなると、さすがにやりすぎかなぁと思っていたのだが、そこら辺が、「野心的」と評価を受けたのだろうか?まぁ、違うだろう。公立校で、これだけやっているというのが評価の対象だろう。まぁ、英語特区のひとつなのかもしれないが……

 これは学校教育プラスアルファだ。

 私は小学校英語教育の義務化に反対だ。しかし、小学校で英語教育を行うことには賛成している。賛成というか、プラスアルファの部分なのでなにも問題ないというスタンスだ。私は、最近、こう考えるようにしている。

Tuesday, November 07, 2006

小学校に英語がやってくる?

 北海道にモンスター出現!そんな感じの光景が…… 確かに風は強かった。昼頃は歩くのもままならないくらいだった。そのせいでのどがイガイガする。さて、遅ればせながら、11/5に放送されたNHK教育の「小学校に英語がやってくる?~教室で何が起きているか~」を見て。

NHK 小学校に英語がやってくる?~教室で何が起きているか~

 まだ教科として英語ははじまっていませんが、総合的な学習の時間を利用してほどんの小学校では何かしらの英語活動が行われています。その割合は9割以上です。しかし、内容はバラバラで、学校側が「英語活動をした」と認識したモノは、それが1時間でもYESになります。そこをよく理解する必要があると思います。
 番組としても「9割」という言葉が一人歩きしている感があるのでしょう、現状行われている内容を冒頭で放送していました。これを見て「9割」という魔法の言葉が解き放たれればいいと、私は思います。
 番組は小学校英語について知り、考えようという内容で是とも非とも言っていません。私は、小学校での英語必修化には反対です。しかし、あえて肯定的な立場で番組を観てみました。
 その中で共感したのはふたつ。

  1. 学習塾の力を借りる
  2. えいごリアン10校プロジェクト

 まず、番組では現場の混乱が放送されていました。当然といえば当然でしょう。私は中学生に英語を教えるよりも、小学生に英語を教える方がシンドイと思っています。
 そこで、学習塾や出版社の力を借りて行いましょうという試みが多くの自治体では行われているようです。その中でフォニックスによる幼児英語教育で有名な松香洋子氏がインタビューを受けていました。彼女はおそらく小学校、もしくはそれ以前からの英語教育に肯定的な考えを持っています。書物も多数あるので詳しくはそれを読むとよいでしょう。
 このように外の力を借りることはとても良いことだと思います。ただでさえ小学校ではひとりの教員が多くの授業をカバーしなければなりません。そして、最近ではしつけや生活指導などもよりウェイトをおくような風潮がある。

 もうひとつの「えいごリアン10校プロジェクト」とは「えいごリアン」という名前から分かるようにNHKの番組を授業に取り入れたもの。以下のサイトを参考にしてください。

小学校英語 この人の意見:スペースアルク

 NHKに踊らされている感はあるが、放送された授業がいい。私は何度か荘先生の授業を見ているが理想的だと思う。そして、同じようなことをしている人として田尻先生がいる。これもNHKで知ったのだから踊らされっぱなしだ。何がイイかと言うと、窮屈感がないこと。コレに尽きる。

Tuesday, August 15, 2006

なぜ子どもに英語なのか

 小学校への英語教育の導入はさまざまな意見が交錯している。「国際語である英語は、これからを生きる人たちには必須のスキルで数学や歴史となんら変わらない」、「言語習得には臨界期があり、小さいうちから英語を習わなければものにできない」、「英語を理解することで国際的感覚が磨かれる」など肯定的な意見と共に、「日本語がおろそかになる」、「全ての人に英語が必要なわけではない、それより基礎をしっかりと固めるべきだ」、「偏った国際感覚が身についてしまうのではないか」といった否定的な意見も多数である。

Amazon.co.jp: なぜ子どもに英語なのか―バイリンガルのすすめ

 この「なぜ子どもに英語なのか」は、小学校英語教育を反対する大津氏の「小学校でなぜ英語?」に反旗を掲げるスタンスで書かれている。つまりは、小学校英語教育へ肯定的な意見をもった著者により書かれている。唐須氏は慶應大学の教授で、大津氏の同僚ということになるが、そのような立場の人間が真っ向勝負を挑むような形が面白いと思い、本書を手にとった。

 この本は、一貫して経験を元にして書かれている。この経験は筆者の子どもたちがほとんどなのだが、先に述べたような幼少から英語に触れることが国語力や日本語力にマイナスの影響を与えることは全くないとし、ましてや、ことばに関してより鋭敏な感覚を養うことができるとしている。2ヶ国語できることは、それ以上に相手を理解する気持ちや、コミュニケーションの場合においても開放的な気質を養うとしている。

 著者は小学校英語教育とバイリンガル教育を同列として考えている点が面白い。もちろん、小学校英語教育導入の理由としてはこれが希望であり、目標でもある。本書の内容は、以前、私も考えたことがあることが非常に多く載っていた。「英語で授業を行う」というのは、かなり、反感をかった意見だが。

 残念ながらこの本には、公立学校での事例や改善点などが書かれていない。言うは易し。具体例を挙げねば、反論の価値がない。経験は確かにどんな実験よりも確かなものだと思うが、背景が記されていなければこれもただの世間話の域をでることがない。著者の子どもたちがアメリカンスクールにいたときの感想として「たのしい」という言葉が多く見られた。なにが楽しいのだろうか?ひとえに楽しいといわれても彼らの思った楽しいが、私の思う楽しいと重なるかどうか分からない。これのオンパレードではどうにもならない。

 ただ、著者が言うように、変わらなければ「失敗」も「成功」もない。教育界では失敗できないと、改革を遅らせる要因が多々ある。これは、子どもたちを実験台にすることができないという考えからだ。しかし、それに捕らわれすぎて、何もやらないのでは話が違う。インターナショナルスクールとの交流などはすぐにでもできることではないだろうか?私もこのことはなぜやらないのではと思っているのだが、いろいろあるのだろう。

 そして、最後にこの本を読むと、日本にいてバイリンガル教育を受けるメリットというものも妥当性があるように思える。大津氏の本も読んで、相互的な感想を書きたい。

Wednesday, May 10, 2006

小学校英語 - 先生がしていることを児童にやらせるのは……

 今週のNHK - 首都圏ネットワークの特集が小学校英語のようです。今日はALT確保について行政や現場の奮闘ぶりを放送していました。そこで、小学校の先生方がALTと授業の打ち合わせをしているシーンがあった。授業計画をALTに伝え、理解させ、ALTの意見も柔軟に取り入れる。そういった遣り取りだろう。そこでの先生のコメントが気になりましたのでひとこと……
私たちも鍛えられています
 ここでの「鍛えられています」というのはおそらく次のようなことと思う。
  1. ALTと英語で授業計画をしなければならないので英語力が鍛えられる
  2. 英語教育について勉強している
 そこで私は1の意で思ったことがある。おそらく、英語教育全般においての目標というのは、「英語を介してなにかやりとげる」といったものだと思う。小学校の先生方は今、まさにその状態で、かつ理想的な環境下にいると思ってしまった。指導する立場の人間が、教える場合の理想的な環境下にいるのはなんとも幸運だし、ちょっと可笑しい。
 もしかしたら、小学校では、先生の変わりに児童がALTと話し合いをして授業計画を作るってのもアリなのかなぁと思ってしまった。

Monday, May 01, 2006

小学校の英語必修化 - 問題は教員

 「小学生が優先的に学ぶモノはなにか?」といった論調で、様々な意見がある小学校の英語必修化。しかし、問題は教える側にあるという内容の記事。

産経Web【教育を考える】
■小学校の英語必修化 教員確保も大きな課題 自治体、育成に動く

 中央教育審議会の外国語専門部会報告を受け、小学校での英語教育が本格実施へと動き出した。英語必修化に対しては「国語力や基礎学力を付けるのが先なのでは」といった否定的な意見もあるが、そもそも英語を教えることができる教員を確保できるかも大きな課題の一つと指摘される。各自治体は近い将来を見据え、研修や手引書を作成するなどして教員育成に乗り出している。(石田貴子)

≪研修は不可欠≫

 英語教育に熱心なことで知られる東京都文京区立誠之小。英語活動を担当する主任の三浦邦子教諭は、英語必修化への課題を「まずは教員研修」と話す。

 同校の場合、英語活動は三年生以上が年間三十五時間、一、二年生が十八時間。外国人の外国語指導助手(ALT)が約半分の時間を担当するが、それ以外は担任教員が行っている。

 三浦教諭は「研修の場を持たないとどう指導していいのか分からないし、教員が自信を持ち楽しく教えないとそれが児童に影響してしまう」と教員研修の重要性を強調する。

 同校では指導方法などについて年六、七回の研修を行うほか、新しく赴任してきた教員にはこれとは別に数度の研修を行っている。しかし、それでも「個人的に学校外でも勉強する人も多い。時間がない中、本当に苦労している」という。

 文部科学省によると、全国二万二千二百三十二公立小のうち、平成十七年度に英語活動を行った学校は93・6%。実施校は年々増加傾向だが、活動は九割以上が「学級担任」が担当している。小学校教員には英語の免許が必要なく、専門部会の報告でも「指導者、教材などの条件整備は不可欠」と指摘されている。

≪大学など協力≫

 こうした指摘を受け、英語必修化へ向けて教員育成に取り組む自治体も出始めた。

 荒川区は数年前から区が独自に作成した英語教育の指針に従い、年間八回の教員研修を実施。授業の進め方や教え方のノウハウを学ばせるほか、実際の授業ではALTのほかに大学講師や長期海外滞在者など英語教育に詳しい専門アドバイザーを派遣して教員をサポートさせている。

 区教委は「担任指導が中心となるので、教員育成は重要視している」とする。今後は授業運営のテクニックなどに加え、「話す」「聞く」など基本的な英語力をもっと身につけてもらうためにさらに研修に力を注ぐ考えだ。

 小平市でも津田塾大の協力を得て昨年から教材開発や指導方法について教員が学ぶ場を設けたほか、文京区も今年度から外部に委託した教員研修を義務付けた。

≪手引書を作成≫

 東京以外でも福岡市が三月、教員用の英語教育の手引書を作成した。手引書は約百十ページにわたり、授業の流れや年間計画、教材開発などを網羅。昨年、同市で英語教育を進めている百四十校のうちの十八校が公開授業を行ったところ、授業の進め方や内容について学校ごとのバラつきが目立ったことから手引書作成を決めた。

 同市教委は平成十五年ごろから国の動きに合わせて英語教育への支援を展開しており、「急では(教員育成が)間に合わない。今年度も、資料配布や研修を重ねたい」と話している。

                  ◇ 【用語解説】小学校の英語必修化

 中央教育審議会の外国語専門部会が3月、小学5年生から英語を必修化すべきだとの報告書をまとめた。授業時間数は5、6年生に週1回、年間で35時間程度。正規の教科のように成績評価はせずに、「総合的な学習の時間」で指導を行うよう提言している。文部科学省は今年度中にも学習指導要領を改訂して英語必修化を盛り込む方針で、早ければ4、5年後からスタートする。
 ごもっともなな内容で、何をどのように教えるのか、そこら辺はこれからの大きな課題。「ALTを導入して…云々」とあるが、ALTの質の問題はかなり深刻。そうなると、日本人が教えるしかない。そうなると教育がどうしても必要となる。要は教育行政のあり方が問われている問題だ。

 私立や一貫校などで最近、英語教育が盛んに行われているような報道がされているが、そんなことはなく、前から行っている。一貫校は創立までに、かなりの時間があるので綿密なプランを練る時間や適切な教員を採用する時間があった。つまり、ぱっとでのことではなく、綿密なプランが存在し、選ばれた教員により、時間をかけて授業計画を作っているはずなのである。そのような、綿密なプランのもと組まれた計画と対抗しなければならない公立小学校の英語必修化に追われる、行政と教員は……と思う。

Sunday, April 09, 2006

またまた小学校英語教育必修化について

 4/8付の読売新聞・朝刊の投書欄に小学校の英語必修化について寄せられた意見が載っていた。自分と同じ意見がふたつ投書されていたのでメモがてら…

 ひとつは、年齢と英語耳の関係。もうひとつは、発音と国際人として必要な知識・教養について。

 年齢と英語耳の関係は前にも「劇団ひとり」を例として記事で書いたように、幼少期に体得したものはそう簡単にはなくならないということ。1歳から6年間アメリカで生活していた子どもが、英語を学びだす中1まで6年間のブランクがあったのにも関わらず発音やイントネーションは問題ないと太鼓判をネイティブに押されたという体験談だ。

 もうひとつは、投稿者が受けた中学英語の質の低さを述べている。これは今現在でもそう違いはないと思うが、文法重視・発音軽視のことである。投稿者はアメリカで暮らした経験があるといっているのでアメリカの小学校での話となると思う。おそらく、アメリカの小学校では厳しく発音指導されたと推測される文章となっている。ESL話者に対してもっとも必要とされていることが発音だとも推測できる。

 そして、国際人としての知識と教養についても触れている。「自国をよく知る」ことは、おそらく投稿者の経験から導き出された結論だと思う。外国人として生活する上で円滑にコミュニケートするための必要最低限のものなのかもしれない。そして、多国籍国家で暮らした経験から他国の人に対する興味を反面教師的に自分が必要とされていることも「自国をよく知る」と感じたのかもしれない。

Saturday, April 08, 2006

「小学生は国語力を磨け」、石原都知事が文科省を批判

 まだ朝日しか記事としてとりあげていないのが「らしいな」と思ってしまう。

asahi.com: 「小学生は国語力を磨け」、石原都知事が文科省を批判 - 教育
 小学生は、まずは十分な国語力を身につけよ。東京都の石原慎太郎知事は7日の記者会見で、「自分の国の言葉を完全にマスターしない人間が、外国の知識の何を吸収できるのか」などと話し、小学校段階での英語必修化の動きを批判した。

 石原知事は「若い人の国語力は低下している。人間の感性や情念を培うのは国語力だ」とも述べた。小学生時代、ドイツ人宣教師に英語を習っていたという自身の逸話を披露。「おやじに言われて習いに行ったが、何の効果もなかったね」と明かした。

 6日の首都大学東京の入学式でも、知事は新入生への祝辞の中で「日本で一番バカな役所の文部(科学)省が小学生から英語を教えるとか言っている。全くナンセンスだ」などと批判。

 これに対し、小坂文科相は7日午前の閣議後記者会見で、「日本語をしっかり勉強することが基本だが、柔軟な児童が英語に親しみ、英語教育に取り組むのは決して否定すべきことでない」と反論していた。
 おそらく明日の新聞各社はドンとある程度の紙面を割き掲載するだろう。

Thursday, April 06, 2006

小学校英語教育は「ゆとり教育」がいい

 ここ2,3日、TVや新聞なんかでよく目にするようになった。中教審が審議内容のまとめを発表したからだ。先ほどNHKの23:30からのニュースで批評があり、その中でひとつ興味深い言葉があった。
「中学生より、小学生のほうが生き生きと授業に関わってくれる」
 これは沖縄で小学生に英語を教えた中学の教諭が取材の際に発した言葉らしい。キャスターの解釈では「中学生は英語学習のモチベーションが低い」とあった。これは結構、重要な言葉ではないだろうか。

 基本的に、小学校の英語は教科でない。児童にとっては遊び感覚であるという大前提がある。つまり、教科としての英語がつまらないという、単純明快な事実があるということでないだろうか。教科としての英語がつまらないということは、授業内容がつまらないのかどうかは分からない。ただ単に、椅子に座って一斉教授を受けることに抵抗があるのかもしれない。私は、これが一番の原因だと思っている。

 もちろん、このようなことが「しつけ」につながり、これも教育の一環だという意見があるだろうが、「しつけ」と「教育」を同時進行できるものとは思っていない。「しつけ」が整った人間の上に「教育」するというのが理想だ。そうしないと「自由」に教えることもできないからだ。だから、同時進行できるわけもない。と、考えている。

 小学校英語教育では、おそらくRPG形式が主だろう。そこには机もなく、教科書もなく、椅子にも座らなくてもよい。英語が面白いかどうかは二の次で、その環境が楽しいのではないかと思う。だから、英語の時間には積極的に参加しているように「みえる」のではないかと考える。

 環境が学習態度を変えるというのは広く知られていると思う。フリースクールなどがその典型だろう。塾もそうか。

 それと、先生の態度差も児童は感じているのではないだろうか。小学校英語は教科でないので成績をつけない。成績をつけないということは評価のためのチェックがない。つまり、必ず覚えなければいけないといったノルマがない。教科となると教員は最低限、これだけは「全員」に理解させなければならないといった、使命がある。このある種の「殺気」がないのが小学校英語の特徴でないか。児童もここら辺は理解しているはずで、そのおかげで失敗も恐れず、勇敢になれるのではないかと思う。

 そんで、この効果を求めたのが「ゆとり教育」のコアだった。今、歪曲された「ゆとり教育」は淘汰されようとしている。歪曲された「ゆとり教育」でも各学期で中間と期末テストがあり、到達レベルを評価された。別に内容を薄くすることはなかったのだ。そもそも、そのようなことは現状を容易にイメージできたはずなのに…

 話が逸れたが、小学校で英語の時間に積極的に参加しているのは教科でないからである。つまり、小学校英語教育が必須となり、ましてや教科となると、結果としては今までと変わりがないといった悲惨な状況になると考える。

 ぐんま国際アカデミーは英語イマージョンで有名だが、今日のニュースで入学式の様子が放送されていた。なかなか流暢な英語を児童たちは話す。おそらく低学年では教科として英語を行っていないはずだ(確認したわけでない)。これはある種の英語の「ゆとり教育」の成功例ではないだろうかと、私は思う。

Tuesday, March 28, 2006

小学校高学年で平均週1回の英語教育を提言

 中教審により、小学校高学年での英語教育が実施されることが事実上明確になった。まだ「教科」としてはいかがなものかと議論される。縦の連携として「高学年は、中学校との円滑な接続を図る観点から、年間35時間(週1回)程度で共通の教育内容を設定することを検討する必要がある」(asahi.com)と提言がある。これは当然のことなのだが、あくまで「中学英語は現行のままで」という方針だ。これには首を捻らないといけないと思う。

 義務教育で実質5年、英語の時間が確保されるのだ。中学英語はかなり窮屈でタイトな時間配分だという印象を受ける。そして、今までの経験からも「脱落者」が多いので、これを撲滅させるための工夫を考えるよい材料が提供されたと思う。私自身、脱落者が多い理由としては復習の時間の不足と考えている。要は次から次へやるべきことが津波のように襲ってくる状態で、うまく波に乗れた人にしか制限時間内にゴールにたどり着けないような、過酷なレース。失敗したら確実にリタイヤという厳しい状況だ。

 これを書きながらふと思ったことがある。本当に「小さいうちから国語教育をしなければならないか」ということだ。日本語だけを考えたときに、帰国子女が日本で義務教育を受けた子どもと比べて劣っているのかと考えた場合、一概にそうとは言えないなと思った。もちろん戻ってきた年齢にも依存している。ひとり私がよい例だと考えている人に「劇団ひとり」がいる。

 彼は幼少期に英語圏で生活をしていた。確か5年くらいだと記憶している。その後、帰国し、小中の義務教育を受け、高校へ進学している。彼は最近、小説を書いた。それがえらい評判で賞をとってもおかしくないと評価されている。この評価は芸能人が書いたものだからというわけではない。つまり日本語においては人より秀でたものを持っているといっても言い過ぎではないと思う。もちろん、構想力やら他の文章の才、帰国後の彼の努力は加味せねばならないが。

 そして、彼の英語力はいかがなものかというと、自称だが、日常会話程度ということらしい。つまり、英語圏で生活していたときに身につけた英語を持続していると考えられる。私は「日常会話」というのは日本人が日本で英語の勉強をするにあたりかなりレベルの高いことだと考えている。正直、学会などで話す英語の方がよっぽど簡単だと思っている。これは結構多くの人から聞いたり、本で書いてあったりすることである。つまり、帰国する時期が早ければ難しいと考えられている日常会話のスキルを持続しながらも、日本語においても人並み以上のものを獲得できる猶予もある。

 サンプルが「劇団ひとり」しかいなので説得力はゼロだが、一つの可能性を考えることができる。それは、小学校を4~5年間にし、そこをインターナショナルスクールのようにすることだ。国語や音楽などは日本語OKだが、その他のことは全て外国語で行うのである。中学も4~5年とし、今度は英語の時間以外、日本語で行う。

 まぁ、現実味はゼロだが、そんなことを考えてみた。中教審が掲げる「グローバルに活躍するための英語」は、未だに幅を持った受取り方ができる。弾力化が進む中でこのような考えがないこともない。ましてや「コレが正解」というものもないはずなのである。

Thursday, March 16, 2006

英語教育:公立小の93.6%で実施 文科省調査

 去年の夏スクでもこの話があった。

英語教育:公立小の93.6%で実施 文科省調査-教育:MSN毎日インタラクティブ
 全国の公立小学校のうち、英語活動を行っているのは、93.6%に当たる2万803校で、前年度より1.5ポイント増えたことが16日、文部科学省の調査で分かった。6年生の年間平均時間数は13.7時間で前年度から0.8時間増えた。全学年とも最も多かったのは年間4~11時間だった。

 英語活動は、児童が英語を聞いたり、話したりする。3年生以上は主に「総合的な学習の時間」を活用し、1、2年生は主に学級全体で取り組む特別活動などで実施している。各学年とも「歌やゲームなどで英語に親しむ活動」が95%超と最も多い。学級担任が教えるケースが全学年で9割を超し、ALT(外国語指導助手)が授業に参加した割合は各学年とも6割を超えた。

 現行学習指導要領で新設された「総合的な学習の時間」の中で、国際理解教育の一環として外国語会話などを行うことができるようになっている。また、昨年10月の中教審答申では「小学校段階の英語教育の充実が必要」と指摘している。【長尾真輔】

毎日新聞 2006年3月16日 19時15分
 思った以上に公立小での英語教育の実施率が高いが内容や時間は様々で、時間に関しては1年に1時間でも英語活動を行ったのならば含まれるらしい。

 実施率が高いということを知らせることで小学校での英語教育導入を促しているように思えるが、導入するのならば中学との連携を忘れて欲しくない。そういった課題も残っていることもアナウンスしてもらいたい。

Monday, February 27, 2006

小学校での英語教育、是か非か

 常に議論の場に顔を出す問題、小学校での英語教育。

小学校での英語教育、是か非か : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
 小学校での英語教育は是か非か――。三重県で行われている日本教職員組合(日教組)の教育研究全国集会の外国語教育分科会では、中央教育審議会で検討中の小学校への英語教育の導入を巡り、現場の教師から賛否の声が上がっている。

教研集会で効果を論議

 富山県氷見市立海峰小の表克昌教諭(40)は27日午後、織田信長と豊臣秀吉らを例に、「どちらが偉いと思うか」と6年生の児童たちに英語で討論させた実践例を報告する。表教諭は「慣れない英語で自分の考えを相手に伝えようとする努力は、コミュニケーション能力を高める」と肯定的だ。

 これに対し、金沢市立港中の七田桂子教諭(48)は26日の分科会で、全小学校で英語の授業を行っている同市の状況を踏まえた上で、「教師にも生徒にも負担が大きく、双方とも疲れ切っている」と指摘した。別の教員からは、「中学入学時点で既に英語が嫌いという子どもが増えた」との意見もあった。

(2006年2月27日 読売新聞)
 確かに賛否両論ある。理由はこの記事の限りではないが賛否両論ある。私も意見はあるが、ひとつだけ。

 「中学入学時点で既に英語が嫌いという子どもが増えた」とあるが、これだけは避けなければならない。これは中学でも高校でも大学でも大人でも同じだ。

Sunday, February 26, 2006

「教育の弾力化」 公立小学校で英語授業

 弾力化はよいと思う。要は「ゆとり教育」である。

「教育の弾力化」 公立小学校で英語授業 : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
 政府の構造改革特区推進本部(本部長・小泉首相)は15日、公立小学校で英語を正式教科としたり、小中学校で連携した授業を可能とする「教育課程の弾力化特区」など、現在は地域限定の13件の規制緩和を全国展開することを決定した。

 「教育課程の弾力化」では、自治体の判断で教育内容を変更し、英語以外にも中学校で教える内容の一部を小学校で教えることが出来るようになる。

 東京のディスコ経営会社が申請していた六本木でのディスコの終夜営業は、治安の悪化などを理由に認めなかった。
 公立でこのような流れを踏まえるとなると、小中一貫か中高一貫か、そういう話に展開しそうだ。