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Sunday, November 16, 2008

QUEEN ナイト

 生温い暖かさ。すごし易いが微妙なかんじ。夜は少し寒いくらいが、わたしにとってはちょうどよいのであるが、こうも生暖かいとなると、いやはや。

 そんなこんなで入眠が遅れる。夜中、テレビをつけっぱなしにしていると Queen 特集が放送されていた。

BS熱中夜話

 Queen かよとバカにしていた。しかし、よくよく考えてみると Queen をまじまじと聴いたことがない。F1 を観ているので少しは知っているが、これだと Flash くらいである。この際、お勉強してみようということでそのまま観る。

 あぁぁ、私は Queen が好きかも。特に『Don't Stop Me Now』は傑作だと、今更ながらに思った。自転車ソングだなぁ。確か、CD があったなぁと夜中に家の中を探す。案の定ある。家の者がドラマの主題歌か何かのときに買ったヤツだろう。ラッキーだった。

 スッカーっとする。とても自分では歌えそうにはないが、気持ちいい。夜中なのに気持ちいい。聴いていた、青筋が立ちそうな声ではなく、いとも簡単に気持ちよくとんでもない声を出している。少し聴いてみようと思う。

 最近、Bon Jovi の『Someday I'll Be Saturday Night』を聞き返しているが、懐メロ・プレイリストを作ろうかしら。

Sunday, October 26, 2008

お誕生日ありがとう

 すっきりしない曇り空。先週までの爽やかな秋空が恋しい。聞くところによると天気は回復兆しなそうな。

 昨夜遅く、NHK で『お台場から生放送! 秋の夜長もさだまさし』という番組が放送されていた。

お台場から生放送! 秋の夜長もさだまさし

 毎回、視聴者からはがきを受け付けて、さだまさしが選んで読むというラジオスタイル。とてもゆるくていいかんじ。いつもいくつかひっかかることがあるのであるが、今回は特にこころに傷が残るくらい印象深かった。

 お誕生日、ありがとう。

 ドキっとして、ハッとして、なんだかとてもイヤーな感じになってしまった。このことばに対してではない。自分自身に対してだ。深くこころが傷ついた。

 「お誕生日おめでとう」はうつくしいことばだ。だけど私はなぜだか分からないのだが「お誕生日おめでとう」といわれても、笑顔で「ありがとう」とは本心から返せないでいた。年をとって嬉しいだの、イヤだのというのは理解できる。しかし、誕生そのものを祝ってもらっても「だからどうした?」という感じである。

 「お誕生日、ありがとう」ということば聞き、ハッとした。まず、私はこの発想が微塵もなかった。情けないことだが白状する。全くなかった。そして、誕生日を祝う意味がはっきりした。誕生日を祝うのは当事者であり、祝われるのは母親なんだ。当然といえば、当然。でも、気がつかなかった。

Wednesday, October 08, 2008

世俗なニュースキャスター

 ノーベル化学賞も日本人が受賞できるようだ。これで4人。1日待ち、どのような情報が出てくるのかみていたので、昨日のことについて。

 昨日、ニュースでノーベル物理学賞に日本人が受賞したと聞く。今回の受賞での一番の驚きは南部陽一郎氏の受賞だろう。私は驚いた。ノーベル賞を受賞していなかったのかと。いくつかの報をみると、「ナンブははやすぎた」ということばが目立つ。確かにそうかもしれない。

 しばらくそのニュースを見ていたが途中で消した。キャスターがつまらないことばかり聞くからだ。益川敏英氏、小林誠氏とも大人の対応がすばらしいと思った。

 「私は文系だから分からない」というキャスターばかり。何がわからないのかということだけでもクリアにしておけば、インタビューを受ける側はよい印象を持つのではないだろうか。そのわずかな努力すらもしない。

 益川敏英氏がこんな発言をしている。

最もうれしかったのは2002年に理論の正しさが実験で証明された時で、それに比べればノーベル賞は「世俗的なこと」と照れたように白髪に手をやった。

 おそらく本心だろう。これを変えることができるのはニュースキャスターだと思う。もうひとつ次のレベルに引き上げることができる。受賞を聞いたときの喜び、家族との関係、生い立ち、人なり、どれも興味がないといったらウソになる。しかし、私は順番が違うと思う。

 キャスターはただのスピーカーである。これは私の考え。しかし、ときには自分の知的欲求のために暴走してもよいと思う。人間味がある。政治的イデオロギー、思想で対立するキャスターもいる。なぜ科学にはいないのか。

 今回のノーベル賞受賞で京都産業大学が受賞論文の無料公開を行っているらしい。これはテレビではできぬ、すばらしい対応だと思う。

Open Access Japan | オープンアクセスジャパン - 京産大,益川・小林教授のノーベル物理学賞受賞論文を無料公開

 この騒動で南部氏の経歴をはじめてみたが、29歳で教授ってのはどういうこっちゃ。世俗にどっぷりな人の感想でした。

■生い立ちやひとなりについて
asahi.com(朝日新聞社):29歳で教授、87歳なお最前線 ノーベル賞南部氏 - 社会
ノーベル物理学賞:反戦語る気骨の平和主義者…益川さん - 毎日jp(毎日新聞)
asahi.com(朝日新聞社):英語、大嫌い 授賞式が初の海外 ノーベル賞益川氏 - 社会

■ノーベル賞受賞内容について
日本出身3氏にノーベル物理学賞
asahi.com(朝日新聞社):3氏の著書、増刷へ 小林氏の本は「絶版」から復活 - 出版ニュース - BOOK

Tuesday, October 07, 2008

『メガヒットの秘密 ~20年目のB'z~』をみて

 NHK スペシャル、「メガヒットの秘密 ~20年目のB'z~」をみた。再放送されるかどうかわからないのでみた。で、率直な感想であるが、期待はずれだ。

NHKスペシャル|メガヒットの秘密 ~20年目のB'z~

 もちろん、「過剰な期待のせいだ」というのもある。個人的にどのような絵を求めていたかというと『The true meaning of "Brotherhood"?』のようなものであった。なので食い違いがあるのも否めない。Nスペの web サイトにはこうある。

今回テレビとしては始めてB'zの裏舞台の取材に取り組み、レコーディングの現場、合宿リハーサル、ロングインタビューなどが実現した。それらを通して、20年にわたりメガヒットを続けるB'zの創作の秘密に迫る。

 番組をみた後にこのアブストラクトを読むと間違いや誇張はない。確かに、レコーディングの現場、合宿リハーサル、ロングインタビューがある。そして、それらを総括し、メガヒットの秘密に迫っている。が、物足りない。

 「なぜ B'z は売れるのか?」この番組の最大の提起である。曲作りの過程、曲作りのノウハウを追って解明しようとした点は理解できる。音楽表現を解析するには楽曲そのものを批評するのが正解だ。この番組では松本さんサイド、稲葉さんサイド両面から切り込んでいる。

 松本さんサイドはギターソロにウェイトがおかれた。なぜギターソロか?私が考えるに、その人也がでるからだろうと踏んでいる。なりよりも松本孝弘が出るのはギターソロだろう。しかし、そんな松本さんのギターソロはオーソドックスだ。これはコード進行やメロディにも当てはまる。B'z の楽曲はオーソドックスだ。

 稲葉さんサイドはもちろん歌詞である。「歌いやすいように語尾を変えたりする」ということはちょくちょく発言していることであった。ことば選びに関しては触れずに終わった。私の興味はことば選びのほうにあった。

 この両面から、この手の番組としてはもっとも落としやすいところに結論が導かれる。これが期待はずれであった。もちろん大切なことだと知っている。しかし、面白いかどうかと問われればつまらないと答えよう。

 個人的には、B'z の楽曲が売れる理由を頭のなかに持っている。しかし、それは B'z とは離れてしまう。B'z に焦点を合わせてしまうと結びつけることは難しいかもしれない。でも、稲葉さんはさりげなく私が持っている理由と同じことを発していた。

 稲葉さんの発言は「誤解を恐れずにいえば、100%の自己表現ではない」というもの。そしてもうひとつ、稲葉さんに「ミュージシャンか?アーティストか?」と問う。稲葉さんはどちらでもなく、「B'z の Singer」と答える。驚く発言かもしれないが合点がいく。

 『B'z Official Bootleg Hidden Treasure ~Typhoon No.20~』でこんな発言がある。「個人的なエゴがない」私にはこういう事前知識がある。なので、稲葉さんに「ミュージシャンか?アーティストか?」と聞いた意味が理解できる。しかし、この VTR だけしかない状況でこの質問の意味が汲み取れるのかどうか疑問であった。この質問がどことも絡まなかったように見えた。私が見落としているのかもしれないが。

 衝撃的な情報もあった。稲葉さんが喉の手術を受けていたことだ。2004年らしい。アルバムでいうと『BIG MACHINE』と『THE CIRCLE』の間だ。知らなかった。私のアンテナが疎いだけかもしれない。

Thursday, September 04, 2008

B'z in Nスペ

 うぉ、今年いちばんの興奮かも……

『NHKスペシャル』がB’zに密着! バックステージやプライベート映像も初公開 ニュース-ORICON STYLE-

B’zを追った『NHKスペシャル』の放送は10月6日(月)夜10時より放送予定。



 内容的には、99年に発売された『The true meaning of“Brotherhood”』のような感じだろうか。楽しみだ。もしかして、体育の日かなにかかな?なら見られそう。

Monday, March 31, 2008

ショートショート

 NHK で『星新一 ショートショート』なる新番組が放送されていた。今回は「約束」「不眠症」「ボッコちゃん」であった。

 なにやら BS かなにかで放送されたもののようだが、詳しいことは知らない。が、面白い映像であった。

 「約束」は、クレヨンしんちゃんのような絵だった。あくまで私の見立てである。「不眠症」は、ドラマ仕立て。ドクターはもっと善良な感じのほうが、私のイメージではあった。「ボッコちゃん」は、ポリゴン CG であった。淡々としていていい。雰囲気は壊してない、と思う。

 NHK 総合、毎週月曜 午後10時50分~11時、金曜 午後3時45分~3時55分(再)

 覚えておこう。

Saturday, March 29, 2008

赤毛のアン

 昨日(3月28日)、NHK 教育で『ようこそ!“赤毛のアン”の世界へ』という番組を再放送していた。2008年は『赤毛のアン』が出版されて100年らしい。そういえば、新潮社も改版をし、キャンペーンをしていたっけ。

赤毛のアン - Wikipedia

 私がはじめて読んだ小説は『赤毛のアン』である。高校のころに読んだ。新潮社のヤツは10巻あるらしいが、そのうちの2,3冊を読んだ記憶だけある。母親の御下がりで、当時、すでにボロボロであった。筋はほとんど覚えていなかったが、甘酸っぱい感じや穏やかな風景は覚えている。

 上記の Wikipedia のリンクに原書と原書の朗読がある。さっそく読み聞きしようと思う。NHK 語学講座では原書で親しむ Anne の世界というサブタイトルの新番組がはじまる。

赤毛のアンの国|ゴガクル NHK語学講座で学ぶあなたを応援します

 ジョークを理解するためには聖書やシェークスピアなどの英文学の知識がいる。ひとりで勉強するのはなかなか厳しい。松本侑子氏の訳本を読むのもよいかもしれない。

Sunday, March 09, 2008

人生の歩き方 野村克也

 野村克也というと、仏頂面の野球監督というイメージしかない。そんな私でも『野村ノート』(小学館、2005年)は読んだ。ID 野球といわれる氏の野球哲学が詰め込まれた良書である。興味はある。

NHK知るを楽しむ 人生の歩き方 野村克也 逆転の発想

 たしか、リアルタイムでは第 3 回を偶然見たと思う。「しまった!」と思ったが、ときすでに遅しだった。運良く、再放送を土曜日(3月9日)にまとめて観ることができた。過去に畑村洋太郎氏の回にも、再放送にはお世話になった。まとめて観ることができるのは、精神衛生上もよろし。

 さて、放送内容だが、これが興味深い。

 氏のプロフィールを見ると、「南海ホークスにテスト入団」とある。テスト入団である。そのテストでの逸話がいい。野村氏は肩が弱いらしい。遠投が苦手だったようだ。1投目、赤旗があがる。失敗だ。野村氏、あせる。線審をしているコーチが近づき、耳打ちする。「オーバーせえ」2投目、白旗があがる。5m から 10m くらいオーバーしたらしい。

 放送を見ていると、この入団の仕方にはランク付けの意味があるようだ。基本はドラフトなんだろう。これは、即戦力の補強というものだと考えた。テスト入団は、裏方の募集という意味があるようだ。テスト入団は、野村氏の場合はキャッチャーだが、ブルペン捕手というポジションらしい。レギュラーをとることはほとんどないといった文脈だ。しかし、その後45歳まで現役。現役引退を決めたエピソードも興味深い。

 絶好の機会がまわってきた。試合も終盤。負けている試合で満塁。バッター野村。ネクストサークルでバットを振る野村に対し、監督が声をかける。野村は「なんかヒントでもくれるんやろうか」と思ったそうだ。監督はピンチヒッターをコールする。憮然とする野村。ベンチに退き。代わりのバッターが失敗することを切に願う。失敗。野村は心のなかで喜んだそうな。家へ帰り、冷静になって考える。「味方が試合に勝つために最善と考える策を講じてがんばっている。それを…、オレは何を考えているんだ。」

 自分の評価は他人にされることで成立する。

 そして、解説者から監督へ。万年 B クラスのヤクルトを優勝、常勝球団へ。後に、阪神の監督へ。ここで、また薀蓄あることば。

 ヤクルトの成功を引っさげ、阪神からのオファーを野村は受ける。ヤクルトでの経験をプリントし球団関係者、選手へ配る。とても、合理的だと思うのだが、これが失敗する。野村時代の阪神はあいもかわらず最下位である。ヤクルトで成功したのに、なぜ阪神では効を成さなかったのか?野村氏は、「手を抜いた」といった。

 ヤクルト時代、監督になったばかりのとき、野村は名前も顔も知らない選手がいたと発言している。手探りだった。それゆえに、ゆっくりと試行錯誤しながら、自分のスタイルを確立する。そして、しつこく選手に伝える。人と人が対面し、時間を費やして、コミュニケーションする。時間がかかる。必ずしも、正解のない世界。選手としては納得するしかない。監督としては納得させるしかない。一見遠回りのようであるが、これが一番の近道だと私は考えている。体力のいる仕事だ。忍耐力もいる。阪神での失敗は、ともて興味深い一例だ。

 野村は「失敗」と書いて「せいちょう」と読ませる。楽天主義とはこういうことだろう。

Tuesday, February 12, 2008

Begin Japanology

 Peter Barakan がホストを務める NHKワールドTV の番組である。

Begin Japanology : NHKワールド

 定期的に視聴しているわけではない。深夜に、ときどき、テレビをつけるとやっているといった類の番組である。今回、はじめて放送日と放送時間を知ったほどである。

 内容は、番組タイトルのごとく「日本学」というだけあって幅広い。昨日は、おにぎりについてであったが、私は以前、錦鯉の回を見て驚いてしまった。錦鯉の養殖者が流暢な英語を話すのを見て驚いた。そんなに大きいマーケットだったのか……

 NHK は同じようなモノに「COOL JAPAN」という番組を放送している。私は見たことがないが、バラエティー色が強そうなので、「Begin Japanology」のほうが好みかもしれない。

Monday, December 31, 2007

NHK「変わる教育どうする教育」をみて

 12月28日深夜、NHKで『双方向・夜どおしナマ解説 どう読む激動の2008年』というのが放送されていた。NHKの解説員による討論で、第2部の「変わる教育どうする教育」を見た。

 内容を対立項で示すと2つに絞れる。
  1. ゆとり教育と詰め込み教育
  2. 学校教育と家庭教育

1.ゆとり教育と詰め込み教育
 すっかり常套句となった。あいかわらずことばの定義はひとそれぞれである。話がかみ合っていない。この討論番組でのゆとり教育は、「教える内容を減らしたこと」、「教える時間数を減らしたこと」、「総合学習の導入」としていた感があった。まぁ、よい。事実だからしかたない。

 ゆとり教育と詰め込み教育は、考える力と知識と言い換えられている。不毛な対立だと思うのだが、なかなかなくならない。学力の定義がむずかしいからだ。

 学力とはなにか?なんだろう?私はよくわからない。「成果の見える学力」ということばがでた。「成果の見える学力」とは何か?これがキーワードになると思う。

 まず思いつくのはテストだ。テストってなんだ?テストは合格基準に達しているか否かを判別するためのモノだ。合格基準に達していないものは、もう一度というのが筋のはずだ。日本ではこれを試験という。私の語感では、テストは模試ということばに置換わる。中間や期末などはテストの位置づけだと思っている。先生はそう思わない。試験だ。試験は合否のみを重要視する。なぜ間違えたかなど野暮なことはしない。ゆとり教育のコアはこの部分を改善することだった。番組内での認識はこの部分に集約できる。きちんと理解しているようでホッとした。

 時代の流れは成果主義である。「成果の見える学力」とつながる。先生にも成果が求められる。先生の成果とはなにか?よい高校や大学へ多くの生徒を入学されることらしい。今年は合格者数で偽装もあるくらいだ。イギリスでは学力テストの成績で教員の評価が下されるらしい。番組内の発言ではじめて知った。どうやらうまくいっていないようだ。これを聞いて考え直してもらコトもある。


2.学校教育と家庭教育
 学校教育に何を求めるか?私の認識では割れている。

 学校には集団生活の場がある。なので、社会のルールやコミュニケーションスキルを教えてもらいたい。いやいや、教育格差がないよう、学校でも塾や予備校並みに勉強に力をいれてほしい。このふたつで割れているように感じる。

 私は前者が学校の役割と思っている。もっとラディカルに学校は遊び場でもよいのではないかとも考えている。誤解がありそうだが、勉強もする。しかし、遊び場である。以下の記事がよくまとめられている。

404 Blog Not Found:独学は一人では出来ない

その意味で、今の学校は実に中途半端に思える。まず「砂場」が少なすぎる。午後の授業は必要だろうか。学科として必須なのは母国語と数学ぐらいではないか。二時限もあれば足りるだろう。中学校以降はこれに外国語を加えても、三時限。残りは「砂場」でいいのではないか。

ただし、この「砂場」は望めば学習も出来るようにしておく。ここが肝要である。そこでは子供が学びたいものを、好きなだけ学べるようにしておく。もちろん独学してもよいし、そのへんにいる大人を捕まえて質問攻めにしてもいい。そういう大人が常に出入りしているような場にしておくのだ。「課外授業~ようこそ先輩~-」を毎日やっているようなイメージか。


 私がこの番組でいちばん惹かれたのは中谷日出解説員であった。中谷解説員は「美術や図工」の普及提言をしている。激しく同意だ。なぜか?格差を考えたときに如実に違いが現れるのがこの分野でなかろうか?学習塾に通える、通えないということよりも違いが生まれやすい。家計に「芸術費」などを繰り込む家庭は少ないだろう。その時点で格差が発生している。

 それでは美術や図工の教育効果ってなんだろう?そんなもんは分からない。国語だって、数学だってほんとうは分からない。教えることはできるが、それで子どもが変わるのかどうかは子ども次第。その部分を真摯に見つめなければいけない。

see also
教育に情熱をかける教師のために: 変わる教育どうする教育
教育の窓・ある退職校長の想い:ゆとり教育、是か非か。(日本の悲しい『さが』) - livedoor Blog(ブログ)

Saturday, October 27, 2007

NHK教育 「シリーズ・世界はこうしていじめと闘う」

 本日、23時50分よりNHK教育で「シリーズ・世界はこうしていじめと闘う」というドキュメンタリーが放送されるようです。

BS世界のドキュメンタリー

 BSでは「青い目、茶色い目」も放送されるようですね。今回は、カナダとアメリカ、韓国の事例のようです。私は、アメリカのやつを見たことがあります。考えさせられました。

 本日は、フジでも『たけしの日本教育白書』が放送されており、教育週間かなんかなのでしょうか?

Tuesday, September 04, 2007

経験にたよらない

 NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』を見た。

 「継続する才能」とはいたるところで聞くことばになったが、本日の放送を見ていると言い返すことばが見当たらない。「プライド」ということも述べられていたが、誰かに言われないと意識できない感覚になってしまった。はっとした。

 先週の放送でもジンとすることばがあった。

 「経験にたよらない」

 これは重い。素直にそう感じた。「普通は頼るだろう」って、つっこみたくなるが、それは私の常識なのかもしれない。

Sunday, July 22, 2007

マスターズ甲子園

 先日、NHK「にっぽんの現場」という番組でマスターズ甲子園というモノをとりあげていた。不覚にもジーンときた。

NHK にっぽんの現場

 マスターズ甲子園というものをはじめて聞いたが、2004年からはじまったらしい。今年は開催日が父の日という、なかなか粋な計らいだと思った。よくよく調べると苦肉の策だったようだが、いいほうへ転がったなぁと感心した。

 あまりエスカレートせず、あのときのメンバーで甲子園で野球ができるということに喜びを感じられるような大会運営をお願いしたい。お祭り「が」いいと思う。非日常を味わえるのは大人の特権だと、いいように考える。

マスターズ甲子園

Saturday, July 14, 2007

魔女の宅急便

 『魔女の宅急便』はジブリ作品の中で、一番、好きな作品かもしれない。一番というのはなかなか定義しにくい。『ラピュタ』や『ナウシカ』ももちろん好きだが、これらの好きと同じベクトルではない。それでも、ジブリの作品からひとつ選べとなったら、これをあげるだろう。

 私のまわりでは、私の思いと反して人気がない。地味なのだろうと思うのだが、特段、理由を探したわけではない。まぁ、ちょっとズレた感覚かなぁとは、ずっと思っている。先日、『ラピュタ』が放送された時には、ネット界隈では盛り上がっていたが、今回はおそらくないだろう。まぁ、それでもいい。それがいい。

 私が最初に『魔女の宅急便』を見たのは、中学生の頃だ。その時から好きなのだが、なかなか表現しにくかった。今でも表現しにくいのだが、強いて言うなら一目惚れと同列だと自分では思う。それこそ、「好きなんだから、ショーがない」だ。それでは能がないので、理由を考えた。2つある。

 ひとつは、なんてことない、ユーミンの音楽だ。

 コレは強烈だ。私はユーミンを聞いたことがない。家族もなので、積極的に聞く機会は皆無だ。はじめて聞いたのがこの映画の中だ。これまでは、『ルージュの伝言』がお気に入りだった。跳ねるような2拍子で、乾いた感じの音楽が大好きだ。しかし、今日、久しぶりに『魔女の宅急便』を見て耳を突いたのは『やさしさに包まれたなら』だった。この楽曲たちが、どういった経緯で映画の挿入歌になったかは知らない。しかし、『やさしさに包まれたなら』はこの映画の核心をついている楽曲だと、今日、はじめて意識した。

 もうひとつは、自然との対峙だ。

 コントロールできない自然、子どもでいられないこと、大人になること、それゆえの儚さ、優しい言葉、分かるとは体感すること、など、今のはやりの言葉でいうなれば「14歳」を表現していることが、ズンときたのだと思う。ジジの言葉が分からなくなったキキの気持ちが意外と伝わってくるのは、そのためだと思っている。そして、これらのことが、『やさしさに包まれたなら』にギュっと詰まっていると、私は思う。これは私の解釈なので、異論はたんまりあるだろうとは思うがご勘弁を。

 しかし、こういうことを書くと副産物がある。はじめてネットで『魔女の宅急便』を調べたが、原作があることをはじめて知った。読んでみようかと思う。

Thursday, June 28, 2007

黒船よ、何度でも寄っとくれ

 『英語でしゃべらナイト』のはなしである。

 リニューアルしてから、トンっと遠のいてしまった。初回こそ期待して観ていたが、「こりゃ、守備範囲外だ」と、私にっては改悪だ(。 ̄x ̄。) ブーッ!

 唯一の楽しみは「黒船」だ。これは定期的にやってほしい。切に願う……(;人;)

 特に今回はMartyがインタビューのホストをやっているし、オランダでロケまでしているし……

 はなしは変わるが、最近、NHKは民放に毒されてきたような感がある。まぁ、今までが硬すぎたのだが、余計な――私が感じる、過剰な演出とかね――ことばかり目につくようになった。ギコチナク、カタク、ギャグを作るってのもおつなもんだと思うのだがのう。

 今日、NHKのお昼のインタビュー番組で金田一秀穂氏が出ていたそうな。観たかったなぁ……。今、氏が出演している『知るを楽しむ』という番組は面白い。以前、畑村洋太郎氏の再放送を思わず、全部、見てしまった。もっと、大々的に告知してもらいたい。

Tuesday, March 20, 2007

教育戦争

 『ガイアの夜明け』で教育…… 見ないわけにはいかない。

「「公立」vs「私立」~教育再生の最前線では~」 : 日経スペシャル ガイアの夜明け

 昨今の教育改革に絡めたものではなく、現在の学校事情をまとめたもので目新しいことはない。しかし、品川区の中学校が結構な時間を割いて放送されていたのがよかった。アウトラインは以下。
  1. “黒船”ワタミの学校再建術
  2. スーパー公立を目指せ!
  3. 学校が選ばれる日
 郁文館夢学園の改革はまさに企業改革だ。どのような内容のことをやっているのか知らなかったが、教員にコスト感覚を養わせるための「50%プロジェクト」は興味深い。これは、私立だからできることではあるが、教員の異動がない私立だからそこ必要だと感じた。番組内の教員の発言を聞くとそれは確信となった。しかし、公立にもこの意識はとても欠けていると思う。最近、事務出身の校長が注目を集めているのも、コスト感覚の欠如と関連しているだろう。もうひとつ、なかなか刺激的な言葉ではあるが、深いと思った。

「教えることに専念することは、理想ではない」

 これは深い。素直に聞くと「なにを!?」と思いたくなるが、教えることができて当たり前というニュアンスがある。その上で経営センスとコスト感覚を求めるもので、ハードルの高い要求だ。大村はまの2歩先を行っている。かなりゲンナリする言葉だが一理ある。あと教員を評価する「360度評価」というのが取上げられていたが、さらっと流れてしまった。評価者が校長、同僚教員、生徒、保護者と四面楚歌の状態の評価であるが、重み付けがどうなっているのか謎なのでなんとも言えない。

 スーパー公立として取上げられていたのは九段中等教育学校だ。ここはすごい。なんせ、予算が他の公立校の10倍あるらしい。それゆえに、いろいろなことができている。習熟度別少数教育などはお金がないとまずできない。そして、授業時間の確保のために、土曜補講を早稲田アカデミーに委託している。これもお金がないとできない。このブログでさえも九段中学を検索して辿りついた人が多かった。謎が解けた。やっぱり、教育にはお金がかかる。

 で、最後は品川区の東海中学校。品川はいち早く学校選択性を施行した。その弊害というか、影響という感じで放送されていた。しかし、このお陰で、教員はかなり自由に授業ができるようになったのだなぁと改めて感じた。正直なところ、その他、大部分の学校はこの東海中のような状態だろう。東海中でも学力向上ということで教師間のレビューを行い、授業の質を高める努力をしている。番組では2年目の先生が取上げられていたが、問題となることは、どこでも、誰でも一緒なんだなぁと実感した。公立ならではの悩みだとは思うのだが、先に述べたように、かなり自由度の高い授業を行うことができるので、うまく切り抜けていたように見受けられた。

 校長が変われば学校は変わるという言葉がある。この番組を見ると、それは真なのだなぁと思う。九段の校長は「なりふりかまわず」という姿勢。一方、東海中の校長は理想と現実のジレンマに揺れながら。この差が一般教員に与える影響は大きい。

Wednesday, March 07, 2007

日本人には自然の音が意味ある「言葉」

 『素敵な宇宙船地球号』というテレビ番組がある。環境問題に関わる話題を取上げている番組なのだが、3/4に放送された『「日本ふしぎ“音”紀行」~脳と自然の調べの秘密~』は興味深かった。

素敵な宇宙船地球号

 すずむしやコオロギなどの泣き声を私たちは大抵、心地よいものだと感じる。しかし、外国人にはノイズにしか聞こえない。なぜか?それには言葉の音体系に原因があるという。

 ほうほう。だから日本語には擬音が豊富なのかもしれない、と密かに思った。

Friday, February 16, 2007

視点・論点 「私の英語教育論」

 Gregory Clark氏による英語教育論。彼の理念には賛同したい。

 彼はモチベーションとインセンティブを軸に英語教育の理念を示した。一応に押し付ける英語教育ではモチベーションを持たせにくい。日本という国柄を考えたときに、英語の必要性と、それを身につけることのインセンティブが不明瞭で弱いという。これが、英語習得に関するモチベーションの低下を招いているという。

 そこで彼は大学からの外国語教育の充実を考えた方がよいのではないかという。それは、「ダブル専攻」という考えだ。海外の大学では主流なのかどうか分からないが、日本では聞かない。「あるところにはあるだろう」という程度だろう。

 これならば、自分の戦略に則った言語を習得する術が増え、インセンティブを実感し、必然的にモチベーションもあがるという。ごもっともだ。

 これを実現するためには進学の道を広くせねばならないと思う。彼は、受験科目に英語(外国語)を外すのがよいという。今現在でも進学する際、英語(外国語)が足枷になる場合がある。外国語が苦手なために道が狭められたら本末転倒だ。最近の理数離れを食い止める効果もあると個人的には思う。

 英語を受験科目から外すと「ますます勉強しなくなるではないか」という反論が必ずあるが、この議論をする場合、これらの意見とは出発点が全く違うので無視する。ここでは教えないとは言っていない。

 では中学英語をどうするかとなるが、「中学英語は外国語を習得するための土台と定義したほうがよいのではないか」と彼はいっているように思う。高校は選択科目でよいといっていた。現在の英語教育論とは逆に「ゆるく」なっているが、その実、子どもには重い責任を背負わせている。

Wednesday, January 24, 2007

ナタリー・ポートマン自らを語る

 子役出で成功して、現在もその歩みを止めない数少ない役者だと思う。子役で成功すると、だめになる例を見てきているので強くそう思うのかもしれない。

アクターズ・スタジオ・インタビュー

 2004年の放送だそうで、新しいモノではない。それでも十分に楽しめる番組だった。

 彼女の役者で支持されている部分で、「空気を読む」能力というような話があった。どこの世界でも大切なことなのだと再確認できた。彼女は、俳優にとってはもっとも重要と言っていたが……。今となっては、日本独自のモノではない。もちろん、日本的なソレとは違うかもしれないが、「相手の観察」という根本的な部分は同じ。彼女はこの部分を非常に意識していると強い口調で何度か話していた。「みなさんも分かっているでしょうが…」と付け加えながらも……

 彼女がマイノリティだということもはじめて知った。それもあってか、彼女の考え方には大いに共感できた。それは「天国」の話のときだった。彼女は、「天国」を目的でなく手段として使うべきだと発した。この発言で私と彼女との距離がグッと近くなったのを確認した。あと「美しさは有利か不利か?」という質問で、彼女は、はっきりと有利だと答えた。ここでも一言、「もちろん、美しさは演技を阻害するもので役者としては不利だわ、と答えたほうが受けはいいでしょうけれどね、でも……」と。ここらへんが彼女の魅力だろう。ユーモアもある。

 いじめを受けた経験も話していた。彼女はユダヤ人学校へ通っていたのだが、そこでいじめを受けた。おそらく「LEON」の後だろう。クラスは13人しかいないそうだ。きつかったろう……

 なぜか「日本語は?」という質問があった。彼女の話では日本のCMに出ていたようだ。私には記憶が全くないが。まぁ、この質問は次の「ヘブライ語は?」という質問への布石だったのだろう。ヘブライ語は字幕が出なかったので全く分からないが……。チョット意味深な感じがした。彼女への質問で「キライな言葉は?」というものがあった。彼女は「天才」と答えていた。彼女の境遇を考えると何となく理解できる。

 彼女は本当におごらない。先日の「プロフェッショナル」で茂木氏が浦沢直樹氏に発した言葉でもあるが、それに通ずるモノがあった。

 そうそう、どことなく雰囲気が宮里藍ちゃんとかぶったのは、私だけか?話し方や笑い方などが、妙に、先日の「しゃべらナイト」の藍ちゃんとかぶってしまった。「しゃべらナイト」つながりで、"score"の表現が耳をついた。普通に使うんだね、本当に。

Sunday, January 07, 2007

世界のコトバで遊ぶ ~深夜の語学新年会~

 年末年始のくだらないTV番組を、脳みそが溶け出しそうなくらい見ていた。ふと、振り返ってみても思い出せるのはこの番組くらいか。

NHK 2006-2007 年末年始特集番組

 NHK外国語講座の出演者による「コトバ座談会」みたいな様相であったが、有益な番組だと思う。やや、バラエティー感が強く、もう少し整然と編集したらスムースになったのにと思ったが、それを差し引いても充分楽しめた。

 内容と直接関係ないが、日本生まれのネイティブが2人もいたというのは意外だった。