攣る
うわさには聞いていたが、痛い。とてつもなく痛い。いたるところをよくつる友達がいたので、知識はあった。その友達は、足はおろか、首、背中、手などなど、いたるところをつる。見ていて、ゲラゲラ笑っていたのだが、ごめんなさい。
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bub
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Wednesday, April 02, 2008
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tag : しをり
学生時代は教える仕事で忙しく、「教育心理」も「教育原理」も中途半端にしかきいていませんでした。大学4年生のころは予備校が忙しく休みがとれず、教育実習にも行けず、教員免許すらもっていません。(pp.222)
さて、内容は氏の我流の教え方である。我流と聞いてどう思うだろう。「なんだ」と思うか、「ふむふむ」と思うか。上記引用の発言でますます「なんだ」と思う方もあるかもしれない。
はなしは変わるが、重松清氏の発言は興味深い。重松氏は教育に関する著書が多い。そのためか、「教員免許も持っていないの」云々との反応が多いらしい。しかし、重松氏は教員免許をもっている。それを告げるとおとなしくなるらしい。
なにが言いたいか?教員免許が「なんぼのもんじゃい」ということである。だから、専門家にはもっと発言してもらいたい。最近では、苅谷剛彦氏や尾木直樹氏などが、ポピュラーでメジャーな専門家になりつつある。もっともっと発言してもらいたいのだ、私は。
なぜか?教育分野の研究はフィールドワークだからだ。
政治や外交に関することなどの街角インタビューなどをニュースで見ていて感じることがある。「なんで、みんながみんな、政治家や官僚みたいな目線で意見するのだろう」と。「もっと、身近な出来事でいいじゃないか。それをメタな知見にするのが政治家の仕事だろう」と思ってしまう。教育についても同じである。教育分野の研究はフィールドワークである。そのことを、私たちは理解しなければならない。
さて、内容であるが、そんなにスゴイことが書いてあるわけではない。おおよその人が、教える際に考えるであろうことが書かれている。ということで、「初心忘るべからず チェックリスト」のような扱いがよろしいと思う。なかでも、面白いものをいくつか
ある実験によると、講師が「この生徒たちの能力は高い」と思い込んで講義をした場合に、実際の受講生たちの能力よりもよい成果が表れたそうです。(pp.118)
プラシーボ効果かしら?どのような実験なのか、出典が明記されていないので分からない。まぁ、経験則から「あるだろう」とは言えそう。「感化力」と関係がありそう。
配布資料をマジックに喩えて
だからこそ、配布資料には、その日に教える「大事なこと」は書かないで、穴埋め形式にしておくのが鉄則です。(pp.107)
確かに、これなら生徒を講義に集中させられるとともに、資料が捨てられることもない。そしてこれには、
単語や熟語の意味を調べるであるとか、英文をダラダラと和訳してノートに書くといった行為は、一見、勉強のようにみえなすが、これは「勉強」ではありません。「作業」です。(pp.107)
という、氏の考えに則っている。
以下は、予備校講師の方がシビアな問題かもしれない。
人に教えるという行為は、規模の大小を問わず、ボロクソに言われ、ノイジー・マイノリティーの餌食になるのです。(pp.162)
これで、自殺した新任教師がいた。本書にある「70% の満足度がとれれば、100% みたいなものだ」(pp.160)ということばは、学校にはない。教師ひとり一人が、肌身離さず持ち歩いていなければならないことばなのかもしれない。
筆者のスゴイところは、これを実践していることだ。で、教員が予備校講師の学ぶことといえば、「勉強すること」に集約されそうな気がする。予備校講師は、とにかく勉強しているようだ。本書を読むと、それだけで、気持ち悪くなりそうなくらい勉強している。公立の教師と比較して、タイムスケジュール、シーズンスケジュールがどうなっているのか興味深い。昨日(4月1日)の『プロフェッショナル 仕事の流儀』にとりあげられていた中村勇吾氏のシーズンスケジュールは教師向けだと感じた。
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Wednesday, April 02, 2008
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Traditionally, in some countries, the jokes only last until noon. If you play a trick on someone after this time you are the April Fool.[1] Elsewhere, for example in France, the jokes may last all day.
ほうほう。フランスでは all day らしい。フランスらしいといえば、フランスらしい。で、Wikipedia のこの部分の出典はこちら。KIDPROJ MCC: April Fools Day // April Fools Day - Several countries
で、About Us によると
Its free educational programs motivate learning by helping teachers relate local curriculum guidelines to students' personal interests and goals.
ということ。このサイトは結構、使えるかもしれない。
まぁ、よくよく考えれば、朝一に会った際に「一発、かます」のが普通だろう。英国の新聞では、どれがエイプリルフールなのか、みんなが一生懸命になって探すらしい。それくら、クソまじめに書いてあるらしい。以下のリンクは去年のエイプリルフール記事について。イギリスの新聞社による毎年恒例のエイプリル・フール記事:イギリス経済・最新ニュースについての情報です!
日本の新聞にもあるのだろうか?エイプリルフールでなくとも、ときどき、本気なのかジョークなのか、エイプリルフールのイギリスの新聞なみに頭を悩ます記事は読めるが……
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Tuesday, April 01, 2008
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Monday, March 31, 2008
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森住教授は「海外では、草書体(筆記体)で普通の文章を書くのは日本人、と思っている人もいるほど日本独特のもの」と語る。
確かに、英語圏の人たちが筆記体でメモっているの見たことない。で、見たことがあるといえば、記事でも指摘されているように署名のときだ。それとカードかなぁ。
といいますか、彼/彼女らの書く文字は、楷書と草書をミックスしたようなものだと思っている。私も楷書と草書の区別からいうとめちゃくちゃである。
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Monday, March 31, 2008
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江村 でも、翻って考えてみると、教育のやり方に問題はないかな。科学でも音楽でも、ほんとうの知的な喜びを覚えるような教育の場がない、というような……。
茂木 そうだね。小中学校の音楽教育がひどい。《ペルシアの市場にて》とか、《ペール・ギュント》とか、《ピーターと狼》とか、いわゆる「子ども向け」のクラッシックを聴かせている。どうして本物を聴かせないんだろうと思う。大人はああいう曲聴かないでしょう。
江村 日本人はすぐ「子ども向け」とか、「これは子ども対象」とか、言いたがる。これこそが世界に例を見ない日本特有の現象です。コンサートでも「子どものための……」とかあるけど、子どもって子どもだからこそ、スポンジのように吸収する豊かな感受性をもっていて、ものすごく純粋に聴いているものです。だからこそ本物のいいものをドーンと与えれば感動して帰る。(pp.132-133)
本書はちくまプリマー新書である。子ども向けだ。しかし、上記のこころの如く「そんなの関係ねぇ」と知的欲求を刺激する対談本である。興味深いはなしが多いが、学校教育に絡めた話に注目する。
上の引用は、私の気持ちでもある。私の場合は、音楽ではなく、英語だった。授業の英文が幼稚でたまらなかったのを覚えている。授業のディスカッションの際に、私は英語教育にはなしを変えて上記引用のようなはなしをしたことがある。しかし、反応は芳しくなかった。ひとりだけ反応が返ってたが、その人に妙な連帯感・一体感を抱いた。ここにいる人たちとは何か違うなと壁を作ってしまった出来事でもあった。
反応が芳しくないひとの意見では、子どもを学習者として扱っている。建設的な学習システムとしては仕方がないと。確かに、一理ある。が、それは教える側の意見だ。教える側はシステマティックな教授法が都合いい。これも、分かる。しかし、どちらの都合を優先すべきかと考えれば、学習者である子どもだろう。
いきなりガツンと難しいのをぶつければ嫌いになってしまうでないかという意見がある。確かに悩ましい問題だ。できれば好きになってもらいたい。が、これも考え方を変えれば無関心よりはマシではないか。無責任だと思われるかもしれないが、他人の興味を自由自在にコントロールできると考えるよりはマシだと思っている。
こんなことを考えていると親の役割が重要になってくる。
茂木 音楽教育は、ある時点ででき上がったやり方を何の反省もなく続けているのが問題のでしょうか。その結果、小さい頃にいい音楽に出会えるかどうかは、家庭環境によってものすごく差ができちゃってますよね。(pp.135)
私も同じようなことをここで言及したことがある。NHK「変わる教育どうする教育」をみて
私がこの番組でいちばん惹かれたのは中谷日出解説員であった。中谷解説員は「美術や図工」の普及提言をしている。激しく同意だ。なぜか?格差を考えたときに如実に違いが現れるのがこの分野でなかろうか?学習塾に通える、通えないということよりも違いが生まれやすい。家計に「芸術費」などを繰り込む家庭は少ないだろう。その時点で格差が発生している。
同僚が結婚し子どもができたときに、それとなしに言ったことばがある。それは、「これから教育費がかさむなぁ。酒は飲めないね」ということだ。同僚はちょっと考えて「なんで、幼稚園に行かせるつもりはなして、公立へやるつもりだから、そんなにかからないでしょう?」といった。
私は続けた。「だって、小さいときにいろいろと経験させるのに、それなりにかさむだろう?」と。そうしたら同僚は、「あぁ、それは考えているから大丈夫だ。それより体力が心配だ」と言い切った。
軽くショックを受けたのを覚えている。私がある程度、含みをもたせて言ったことばに対して、同僚はすでに込みで考えていた。これを格差と捉えるのかどうか、難しいところではあるが、少なくとも私はこいつはスゴイと思い、見直した。
教育に限って書いてきたが、音楽に関する記述もいい。ピタゴラス、K465、サウンドスケープ、一回性など興味深いはなしが多い。
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Monday, March 31, 2008
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Sunday, March 30, 2008
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歳時記では、「春の雨」と「春雨」を区別している。「春の雨」は冬の名残の冷たい雨をも含み、「春雨」は春の後半にしっとり降る雨を指す。
今日の雨は前者「春の雨」である。とても寒い。桜の時期はいつもこうだと記憶をたどる。
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Sunday, March 30, 2008
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tag : しをり
英語の場合、語彙についての知識は宣言型知識である。文法についての知識も宣言型知識である。(pp.76)
英語学習ということで考えると、母音や子音の正しい(英語らしい)発音の仕方を口唇や舌の動きとして理解し、スムーズにできるようになるプロセスは、手続き型知識の習得である。(pp.78)
なにが興味深いのかというと、訳という視点がまったくないということである。宣言型知識とはそういう概念である。
多くの人は、読んでいる英文すべてを和訳しているわけではないのだが、少し難しいところにくると、日本語に訳してみないと気が済まない習慣がついている。そこからいったん脱却することが大切である。
そうして、どうしてもわかりにくいところは、構文を考えながらゆっくり何度も音読してみる。必要なら身振り手振りをいれて何度も音読してみる。(pp.97)
外国語をマスターしようという場合、もっとも大きな障害のひとつは、母国語である。このことをよく念頭においていただきたい。(pp.99)
次に興味深いのは単語の覚え方だ。ここは丸々引用したいが要約する。筆者は、
英単語は、まず、丸暗記するのが正しいと考えている。(pp.104)
というスタンスだ。これは、文脈とともに単語の学習もしましょうというものに対するアンチテーゼである。わたしも、全面的にこれを指示する立場である。しかし、このことに触れている書籍が、私が読んだなかではなかった。筆者の理由は、
文の中で見て、用法やニュアンスを理解するという活動は、覚えるという活動とはまったく別の頭の使い方を必要とする。そのふたつを同時にすることは、心理学的には競合反応となり、どちらも中途半端になる。(pp.104)
このことをはっきりと同じ文脈で言及している文章は少ない。
発音に関することもガツンときた。
発音の習得には年月がかかる。いまのあなたの発音は決して完全ではない。けれどもそれを気にしないで、そのときどきの自分のベストの発音で声を出すことである。(pp.114)
この理由も本書に書かれている。なかなかハードルが高い。
本書は英語学習法に対する不安を軽減してくれる。必然的にモチベーションがあがる。今すぐにでもやらなければという気にさせてくれる。とりあえず、文法書と単語集、発音教本を揃え Let's go! という気持ちになる。
本書は、新書としては分量が多く、250ページくらいある。しかし、読む側を考えて体裁されている。コラム集といった感じでとても読みやすいし、部分読みもしやすくなっている。今思うと、本書は新年度にふさわしい。
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Sunday, March 30, 2008
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tag : .読後ノート, books-英語学習
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Saturday, March 29, 2008
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