Friday, April 18, 2008

なんという雨風

 ガタンガタン、ゴウゴウ、ザザァー。夜が白む前、ふとんの中で聞こえてきた音。

 うっすらと汗ばむ日もあれば、今日のように肌寒い日もある。この時期の服装はほんとうに難しい。冬物はしっかり押入れの中だ。

 なんという雨風だろう。傘なんぞ役に立たぬ。

 なにやら茂木健一郎氏が杉並の中学校で一日先生をしたらしい。明日のクオリア日記に書かれるかもしれない。何を話したのか興味ある。

 水泳のオリンピック代表選考会が NHK で放送されている。民放の過剰な演出とくらべると淡々としているが、これくらいが丁度いい。選考は一発勝負、かつタイムが基準をクリアしていないと優勝しても代表にはなれない。なかには、日本記録を大きく上回るタイムが設定されている種目もある。潔いというかなんというか。マラソンもこの方法がいいのではないかと思う。柔道もよく分からない。重付けの比率が多すぎる。

 窓をたたく雨はなくなったが、風はより一層強い。桜はもうだめだろう。まだ、梅雨のようなジトォとした空気でないのが救いか。部屋の中は意外と乾いている。

ジャン=クロード マリオン 『はじめての発声法―基礎を学ぶポイント30』

Amazon.co.jp: はじめての発声法―基礎を学ぶポイント30(ヴォカリーズ・エクササイズ付): ジャン=クロード マリオン,美山 節子: 本 英語発音に役立つかもと思い、ヴォーカル・トレーニングや発声に関する本を読んでいる。本書もそのひとつ。

 本書は、フランス人のジャン=クロード・マリオン氏による発声教本である。中高生向けに書かれているようなので、ほんとうの基礎ということになると考えられる。中学生であれば、男子は声変わりの最中であり、通常は喉に負担のかかること、例えば大声を出すなどの行為は避けねばならない。その中学生に対して行われる練習が喉に負担をかけるはずがない。ということは、喉を痛めない声の出し方なのか、それとも、声を出すということは、一体どういうことなのかと気づかせるためのものではないかと考える。

 本書を選んだ理由は、「あくび」について書かれていること。

 どのように口を開けば、最高のコンディションで声が出せるでしょうか?

 それを説明するには、さっそく“あくびのテクニック”の練習に取りかかるべきです。あくびは声を出すためのあらゆる好条件を、至極容易にそろえてくれます。すべての発声の筋肉が完璧な状態になるからです。(pp.63)

 日本人の歌手、特に J-POP の歌手の話し声と歌声のギャップは知っているだろう。日本人と違い、欧米人の歌声は話し言葉の延長である。そのための最高のコンディションを提供してくれるのが「あくび」であると言っている。ヒントがあるかもしれない。

 生理学的観点からあくびを分析している。7点挙げられているが、その7点をふまえて

どんな場合でも、舌は喉の方に引っ込んではいけません。そのことさえ注意すれば、あくびは、発声のために、完璧で理想的な条件をそろえています。(pp.63)

 舌の位置にさえ注意すればいいらしい。あくびを誘発する練習の仕方も載っている。

下顎をしっかり下げます。そうすると口が大きく開きます。
横隔膜を下げるのを止めて少しだけ息を吸います。サイヴァネティック回路(この場合は、目、大脳皮質、軟口蓋の連動作用)によって、軟口蓋や口蓋垂を下げたり上げたりします。私たちの日常の行動、たとえば歩く、話す、書く、読む、走る……などは、まず願望、欲求、意志によって始まります。脳はその意志を記録し、神経に指令を出します。神経はその指令に対応する筋肉を機能させ、それに肉体が従って反応するのです。このようにして自動性は生まれます。(pp.65)

 なんだかよく分からないが、とにかく、意識してのどちんこを上げて、鼻腔を塞げといっている。おそろしく鼻声になりそうだ。

 どれだけ役に立つかは未知数だ。

Tuesday, April 15, 2008

福島英 『ヴォーカルの学び方―あなたも欧米人のような声が出せる』

 副題が「あなたも欧米人のような声が出せる」とあるので読んでみた。

Amazon.co.jp: ヴォーカルの学び方―あなたも欧米人のような声が出せる (ON BOOKS)

 まったく関係ないが、私はカラオケが好きだ。特別うまいわけではない。ただ人より高い声がでる。結構チヤホヤされる。悪い気分じゃない。

 しかし、声が薄っぺらい。体つきやなんやらのせいだと思っていた。どうやら違うらしい。たしかに、プロの歌手にはマッチョな人もいればキャシャな人もいる。

 声の出し方に違いがあるらしい。日本人と外国人をくらべれば分かりやすい。全然ちがう。人種の差かとも思っていたが、どうやら違うらしい。最近、気がついた。

 本書は、欧米人と日本人の声の出し方の違いを書いている。参考文献を見ると、靜哲人氏の『カタカナでやさしくできるリスニング』(研究社出版 1997)とある。こちらをあたる方が正解なのかもしれない。しかし、本書は音楽と絡めて話が進むので、私には分かりやすい。

 いくつか確かめたいことがある。

 英語母語話者の声は低いのか?特に米語の男性。英語教材などに収録されている声を聴くと愕然とする。私の耳には「ビリビリ」と響く。ウーハーを積んだ車から漏れてくる音とも振動ともとれる、あの感じである。私はいまだに苦手だ。

 私の声は、本当は深くて太いのですが、日本人には低く聞こえます。というのも、日本では男性も女性も、子供のような浅い声で話しているからです(このことは、後述するように、日本人が音色より高低で音を捉えることや「声の敬語」的使い方に関係しています)。
 欧米人が日本人のまねをするときは、「オ、ハ、ヨ、ゴザイマス」などカン高くした口先でつくった声で、ブツ切れにとても不自然にやります。ということは、彼らは、日頃、こういう不自然なところで話さないということです。(pp.71)

 どうやら私は、一般的な日本人のようである。声の質を高低で判断しており、深さや太さでは判断できていないようだ。前に、マーティがこんな指摘をしていた。

理解できない! YUKIや大塚愛は米国だったら“オンナの敵”…だって恋のライバルだから - 日経トレンディネット

 まずは声質です。こんなに高い音程なのに、叫ぶように歌っているわけではなくって、甘えているように歌う超いやしの声じゃん。この独特の声質は、たぶん洋楽には存在しません。童謡にすらありません。

 この声を僕が日本語で表現するとしたら、「リスみたいな声」になります。日本人には、結構伝わるんじゃないでしょうか。でもアメリカ人には絶対に無理。だって「リスみたいな声」のボーカリストを聴いたことがないし、「リスみたいな声」という言葉はありえないから。

 だいたい同じことを言っている。「高音なのに叫ぶように歌ってない」というのは本書にもある。

 もうひとつ気になっているのはリズムについて。英語教材のいくつかに「英語は3拍子」とか「英語は3ビート」とかある。「3」は共通なのだが、「拍子」と「ビート」が違う。私は「拍子」も「ビート」も詳しく知らない。あやふやな理解でしかなかった。特に「ビート」が分からない。ドラムのリズム・パターン程度の理解だ。もしくは、ギターリフの「ズガズガ、ズガズガ」が8分で刻むというくらい(「ズ」がダウン・ピッキングで「ガ」がアップ・ピッキングという具体)。私のもうひとつの「拍子」と「ビート」の理解は、拍子記号の分母と分子の関係である。分母が「ビート」で分子が「拍子」という具合である。本書ではこれらの違いをこう示している。

 まず、pp.219 に「拍(音節)」とある。そして、

 俳句は、五・七・五で数えます。<中略>欧米人は、六・八・六か八・八・八でとります。彼らの耳には、強迫のない8ビートに聞こえるのです。(pp.112)

 ということは「拍=ビート」、すなわち「音節=ビート」ということができる。拍子については音楽的なことしか書かれていない。シャッフルやボサノバ、ワルツの3拍子という具合である。

 このことから類推する。「英語は3拍子」は、SVO や SVC のことを言っているのではないか。簡単な単語は1音節のものが多い。たとえば、I love you. はすべて1音節の単語である。拍子とは拍をまとめたものである。上に書いたが、拍は音節である。ゆえに、 I love you. というフレーズを3拍子と表現できる。「英語は3ビート」もおそらく同じであろう。

 洋楽にはウラノリの楽曲が多い。これはリズム感の差だと聞いたことがある。本書にはそれを、日本人はダウンビート、欧米人はアフタービートとしている。欧米人には救急車のサイレンがポピーに聞こえる(pp.161)とあるが、これは前に聞いたことがある。思い出した。

 いくつか分からないところもある。等時性のところだ。物理のときに、習った記憶があるが、どうも違うらしい。

See also
ブレスボイストレーニング・メソッド[参考]

Saturday, April 12, 2008

リチャード P. ファインマン 『ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉〈下〉』

Amazon.co.jp: ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫): リチャード P. ファインマン,Richard P. Feynman,大貫 昌子: 本Amazon.co.jp: ご冗談でしょう、ファインマンさん〈下〉 (岩波現代文庫): リチャード P. ファインマン,Richard P. Feynman,大貫 昌子: 本 タイトルから推測して、「ファインマン、そんなやり方今まで聞いたこともないぞ!冗談だろう?」とか「ファインマン、冗談だろう?そんな無茶はやめてあきらめろよ……」などというやりとりでの「ご冗談でしょう、ファインマンさん」かと思っていた。が、違うらしい。

 私は本を読んで、声を出して笑うことは少ない。もちろん、喜怒哀楽を失ってはいない。しかし、身体反応として出ることが極端に少ない。本書は「ショートショート」と同様の面白みがあると、私は思う。「ショートショート」を読んでいるときは、「うまいなぁ」とか「いいアイディアだ」などと、作者の才能に感心して唸ってしまう。だから、面白さを表現する笑いが身体表現として出ない。時には嫉妬してしまうくらいだ。

 が、本書はファインマンさんが主人公である。実在の人物で、科学者で、ノーベル賞受賞者で、とにかく「アタマのいい偉い人」というラベル付けの人なのだが、やっていることは、かたやドリフのコントのようである。ベッドでゴロゴロしながら読んだのだが、脳から余分な空気がプシューと抜けていくように、私の声帯からも笑い声がもれる。

 読後に残っているのは爽快感。ほとんど、それのみといってもよい。一応、教育に絡めた箇所で付箋をつけている。それは、ブラジルと日本の物理教育、科学教育に対するもの。暗記のみが学問課程で重要視され、実際にそれを使う際に全く役に立たないといった類のもので、現在の教育問題に主流そのものだ。もうひとつ、心理学や精神科を嫌っている。私も似たようなスタンスなので興味をそそられる。

 こんなに豊かな人生をおくっている人間がいる。環境がよかったのか?話しのほとんどは第二次世界大戦中とその後の混沌として時代だ。時代背景などの条件は、当てにならない。ファインマンさんは優等生ではあるが、挫折もしている。受験社会の日本ではよくわかるのではないだろうか?成績十分でも定員の関係で第一志望の大学へは通えず、大学院も希望とは違う。しかし、MIT のことを愛しており、プリンストンのことも愛している。所属していたキャルテクも愛している。私たちの中にも似たような経験をしている人は多いのではないかと思う。

 Going My Way と原文に書いてあるのかどうか、私は知らないが、まさしく、これを貫いている強い人だと分かる。このことはたびたび本書にも出てくるが、『困ります、ファインマンさん』のアーリーンとのはなしが詳しい。

 こんな話を聞いたことがある。困難な環境を変えるにはどうすればよいのか?それにはふたつある。現実を変えるか自分を変えるか。現実を変えるとは困難な環境そのものを変えること。これにはコストがかかる。もしかすると社会制度かもしれない。そんな悠長なことはしていられない。それならば、自分を変えることがコストも安く、手っ取り早い。しかし、ファインマンさんについて考えるとしっくりこない。

 「感化力」ということばがある。

茂木健一郎 プロフェッショナル日記: 感化力

欠点や弱点もまた、同じことではないか。
劣っているところ、欠落していることを自分の
中に抱えて隠してしまうのではなく、
 むしろさらけ出すことで
 そこにある種の磁場が生じて、補助して
あげようという人々が現れる。

 本書から読み取れる、ファインマンさんの言動・しぐさは茂木健一郎氏のいう「感化力」になる。ファインマンさんの言動は、新入生や新入社員に求められる態度なのではないかとも思った。

 古い友達が、ちかく転勤になるようだ。送別会を開くとなると、重い決断のひとつなのかもしれないと考えている。本人に直接聞いたわけでないので憶測だが、新しい生活環境、職場環境のことを考えると、そんなこと大なり小なりなのかもしれない。もし、本書を読んでいなければ選別として贈りたい。

Monday, April 07, 2008

Roald Dahl 『Charlie and the ChocolateFactory』

Amazon.co.jp: チョコレート工場の秘密 - Charlie and the ChocolateFactory【講談社英語文庫】: ロアルド ダール,Roald Dahl,Quentin Blake,クウェンティン ブレイク: 本 しばらく、本棚の肥やしとなっていた。偶然、日本語訳を見つけて「そういえば、読んでいないなぁ」と思ったのがきっかけ。日本語訳はなんだかんだで読んでいない。

 本書を知るきっかけは、Johnny Depp の『チャーリーとチョコレート工場』だ。もちろん、映画は……見ていない。予備知識ゼロで読みはじめた。

 本書は児童書である。Amazon の年齢対象の項には「9 - 12歳」とある。小学校高学年にあたる。英語レベルは、手元にある本によると「TOEIC レベル 400点~」とある。まぁ、TOEIC レベル400点がどの程度のモノなのか、私は知らないのでなんともいえない。Wikipedia によると TOEIC 400点は D ランク(220点~465点)で評価は

国際コミュニケーション英語能力テスト - Wikipedia

通常会話で最低限のコミュニケーションができる。

とある。

 TOEIC のオフィシャルサイトから引用らしいのだが、引用先のページが削除されているので、現在は不明瞭である。が、本書が発行された2005年では、TOEIC はリニューアル前(リニューアルは2006年5月)である。

 さて内容であるが、Mr. Willy Wonka が人気あるのだろう。Johnny Depp が演じた影響もあるだろうが、奇想天外、はちゃめちゃ、不思議の国の人という感じがビシビシ伝わってくる。がしかし、個人的には Grandpa Joe が好きである。なんせ

He threw up his arms and yelled "Yippeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!" And at the same time, his long bony body rose up out of the bed and his bowl of soup went flyng into the face of Grandma Josephine, and in one fantastic leap, this old fellow of ninety-six and a half, who hadn't been out of bed these last twenty years, jumped on to the floor and started doing a dance of victory in his pajamas. (pp.61)

 7ページ目の挿絵のおじいちゃんからは想像できない、62ページの挿絵がかなりツボった。"Yippeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!" である。いったい、いくつ "e" があるのだ。かなりかわいい。私がおじいちゃん好きになるのには伏せんがある。7話に「Grandpa Joe Takes a Gamble」というのがある。明らかに Charlie より興奮している。

 Oompa-Loompa もよい味をだしている。皮肉たっぷりの詩でフェードアウトするさまはいやらしい。しかし、これが救いのような気もする。個人的に、ここの英語が苦しかった。途中何かを掴んだのであるが、今ひとつぼやけている。宿題だ。

 本書は挿絵もいい。Quentin Blake という人の仕事らしい。ホームページはすばらしいイラストが多くある。

Quentin Blake Official Website

 さて英語であるが、よいリズムである。噛むことなく読めると、最上級の喜びがある。逆につっかかると、気持ちよいリズムがあるのではないかと発音を調べ、アクセントを調べ、などなどやりたい衝動に駆られる。これは使えると思った。そうしたら案の定、同じように思っている人がいた。齋藤孝氏の『話上手 聞き上手』(ちくまプリマー新書)の「音読で抑揚を学ぶ」にて絶賛されている。ここで、オーディオ・ブックがあることを知る。

 私もオーディオ・ブックを手に入れようと気持ちが揺らぐ。が、ここで少し気に入らない。オーディオ・ブックの方が DVD より高額なのである。高額であるといっても 3000円くらいなのだが、DVD は 1500円である。ちょっと、悩む。映画も見ていないので、両方購入してもいいのだが、なんか納得いかない。

Saturday, April 05, 2008

バット・コミュニケーション

 快晴。昼間の自転車は、ほんとに気持ちがよい。

 役所へ行く。細かいことはコンシェルジュに聞けばいいと思っていた。大失敗。小さい頃に訪れたきりなので、何がどこにあるのやらトンと見当がつかぬ。駐輪場すらどこにあるのか分からない。不安だった。

 ロビーに入る。とても、豪勢なロビーだ。「豪華な庁舎をもつ行政府は、なんたらかんたら」ということばがアタマに響く。申し訳なさげに、インフォメーションセンターらしきものが、少し歩いたところにある。

 ウソを言ってはいけない。もしくは、不確実な情報を自信満々に言ってはいけない。もちろん、コンシェルジュは「正しい、正確な、客観的な情報だ」と、信じて疑わないのだろう。「それについては、こちらに書いてあるように、うんぬん」といわれても、「おたくは文章が読めないのですか」と言いたいところをグッと我慢し、これはまずい「ありがとう」と伝え引き下がる。悪気がなければいいのかというと、許されるのは子どもに限る。バット・コミュニケーションだ。

 久しぶりに自転車乗りの手信号を見た。「あっ、手信号だ」と思ったが混乱した。その人は、左手をまっすぐ伸ばした。確か手信号には3つの意味があったと思い出した。

 右折、左折、停止。この3つだったと思う。今日見た、手信号は私の記憶の中では「停止」だった。混乱したのは、次の動作。スピードを緩めることなく私側に、former からすれば左折してきた。ディスコミュニケーションだ。

 マニュアルは発信者にとっては、とても便利なモノだ。私もその恩恵を多分に受けている。しかし、一方通行になりやすいということをアタマの片隅においておかなければいけない。共通理解されていることは、私たちが思っているより少ない。バット・コミュニケーションとディスコミュニケーションは違う。ディスコミュニケーションは共通理解の欠如だが、バット・コミュニケーションは個々人によりそうだ。

Thursday, April 03, 2008

齋藤孝 『齋藤孝の相手を伸ばす!教え力』

Amazon.co.jp: 「齋藤孝の相手を伸ばす!教え力」: 斎藤 孝: 本 先日、塾講師の教え方の本について書いた。確かに見習わなければならないところが多い。しかし、学問として教師教育に携わっている人たちはダメなのか?というわけで、読んでみた。

 著者は齋藤孝氏、メジャーどころである。国語の先生というイメージが強いが、「はじめに」でもふれているように、氏の専門は「教育者教育」である。安河内哲也氏とは対極である。教師の力量低下に関して、コアな部分を担ってきた先生はどう思っているのか?

 まず、本書がどのような位置づけなのか、「はじめに」に以下の記述がある。

以前、『教師=身体という技術』(世織書房)という本を書きましたが、これは専門書であり、教職以外の方にとっては距離が遠く、説明しきれない部分がありました。そこで、一般の方向けに、「教える」という行為を解説してみたいと考え、この本を執筆することにしたのです。(pp.5)

 専門書ではないが、内容は同レベルであると考えよさそうである。このようなことを書くからには、以前書いた書籍の内容を、一般の人に近い形にしたと考えるのが素直だと思ったからである。

 学問として「教育者教育」を研究している大学教授と塾講師で地道に培ってきた教え方は、どのように違うのか?当然であるが、同じである。違うところを探すほうがむずかしい。強いてあげるならば、学習環境に生徒の身体を考慮しているかどうかがあげられる。

 安河内氏は、自分の努力によるんだという、徹底した自己批判を貫いているように思える。場の雰囲気を和ませるのは、己の話術、雰囲気、所作などなど、自分が変わることで相手の過度な緊張を解くと読める。

 齋藤氏は、それプラス、生徒の身体を考慮している。これも氏の専門のひとつである。呼吸法や四股は有名かもしれない。このような記述がある。

学ぶ側の構えというのは、空間的、時間的にかなり制約されるものです。(pp.170)

同じように、教室内が寒すぎたら暖める、熱ければ窓を開けて冷やす。基本は、酸素量に気をつけるということです。(pp.170)

 安河内氏にとっては、あまりにも当たり前すぎて書かなかったのかもしれない。予備校の設備がどのようなものか、私は知らない。公立の小中よりはマシだとは思うが。安河内氏は、メンタル部分についてよく書かれており、齋藤氏はフィジカル部分についてもよく書かれている。私が、見つけた違いはこの部分である。

 3色ボールペン風にいうなれば、本書は緑が多かった。そういえば、本書には3色ボールペンが一言も出ていない。

Wednesday, April 02, 2008

攣る

 むずかしい字を書くのだなぁ。「攣」は、遠めで見るとサソリに見える。「吊った」のではないので、漢字にしたかった。今朝、首をつった。

 うわさには聞いていたが、痛い。とてつもなく痛い。いたるところをよくつる友達がいたので、知識はあった。その友達は、足はおろか、首、背中、手などなど、いたるところをつる。見ていて、ゲラゲラ笑っていたのだが、ごめんなさい。

安河内哲也 『できる人の教え方』

 公立教員の力量が問題視されている。最近では、「教え方」を塾講師に学べといわれている。

NAKAHARA-LAB.NET 東京大学 中原淳研究室 : 「大人の学び」を科学する: 早稲田アカデミー・教師力養成塾に行ってきた!

 というので、読んでみた。

Amazon.co.jp: できる人の教え方: 安河内 哲也: 本 著者の安河内哲也氏は東進ハイスクールの講師である。しかも、「カリスマ」である。確か、『AERA English』にコラムかなにかを書いていたと思う(不正確な記憶です。間違っていたらごめんなさい)が、それで予備校の英語講師なのだなぁということは知っていた。東進ハイスクールがどんなところだかは知らない。氏の著書ははじめて読む。なので、詳しいことは Wikipedia にまかせる。

安河内哲也 - Wikipedia

 エピローグの「『モグリ教師』の私を育ててくれた人々」にこんな記述がある。

 学生時代は教える仕事で忙しく、「教育心理」も「教育原理」も中途半端にしかきいていませんでした。大学4年生のころは予備校が忙しく休みがとれず、教育実習にも行けず、教員免許すらもっていません。(pp.222)

 さて、内容は氏の我流の教え方である。我流と聞いてどう思うだろう。「なんだ」と思うか、「ふむふむ」と思うか。上記引用の発言でますます「なんだ」と思う方もあるかもしれない。

 はなしは変わるが、重松清氏の発言は興味深い。重松氏は教育に関する著書が多い。そのためか、「教員免許も持っていないの」云々との反応が多いらしい。しかし、重松氏は教員免許をもっている。それを告げるとおとなしくなるらしい。

 なにが言いたいか?教員免許が「なんぼのもんじゃい」ということである。だから、専門家にはもっと発言してもらいたい。最近では、苅谷剛彦氏や尾木直樹氏などが、ポピュラーでメジャーな専門家になりつつある。もっともっと発言してもらいたいのだ、私は。

 なぜか?教育分野の研究はフィールドワークだからだ。

 政治や外交に関することなどの街角インタビューなどをニュースで見ていて感じることがある。「なんで、みんながみんな、政治家や官僚みたいな目線で意見するのだろう」と。「もっと、身近な出来事でいいじゃないか。それをメタな知見にするのが政治家の仕事だろう」と思ってしまう。教育についても同じである。教育分野の研究はフィールドワークである。そのことを、私たちは理解しなければならない。

 さて、内容であるが、そんなにスゴイことが書いてあるわけではない。おおよその人が、教える際に考えるであろうことが書かれている。ということで、「初心忘るべからず チェックリスト」のような扱いがよろしいと思う。なかでも、面白いものをいくつか

ある実験によると、講師が「この生徒たちの能力は高い」と思い込んで講義をした場合に、実際の受講生たちの能力よりもよい成果が表れたそうです。(pp.118)

 プラシーボ効果かしら?どのような実験なのか、出典が明記されていないので分からない。まぁ、経験則から「あるだろう」とは言えそう。「感化力」と関係がありそう。

 配布資料をマジックに喩えて

だからこそ、配布資料には、その日に教える「大事なこと」は書かないで、穴埋め形式にしておくのが鉄則です。(pp.107)

 確かに、これなら生徒を講義に集中させられるとともに、資料が捨てられることもない。そしてこれには、

単語や熟語の意味を調べるであるとか、英文をダラダラと和訳してノートに書くといった行為は、一見、勉強のようにみえなすが、これは「勉強」ではありません。「作業」です。(pp.107)

という、氏の考えに則っている。

 以下は、予備校講師の方がシビアな問題かもしれない。

人に教えるという行為は、規模の大小を問わず、ボロクソに言われ、ノイジー・マイノリティーの餌食になるのです。(pp.162)

 これで、自殺した新任教師がいた。本書にある「70% の満足度がとれれば、100% みたいなものだ」(pp.160)ということばは、学校にはない。教師ひとり一人が、肌身離さず持ち歩いていなければならないことばなのかもしれない。

 筆者のスゴイところは、これを実践していることだ。で、教員が予備校講師の学ぶことといえば、「勉強すること」に集約されそうな気がする。予備校講師は、とにかく勉強しているようだ。本書を読むと、それだけで、気持ち悪くなりそうなくらい勉強している。公立の教師と比較して、タイムスケジュール、シーズンスケジュールがどうなっているのか興味深い。昨日(4月1日)の『プロフェッショナル 仕事の流儀』にとりあげられていた中村勇吾氏のシーズンスケジュールは教師向けだと感じた。

Tuesday, April 01, 2008

よくよく考えれば、そうでしょう。

 4月1日である。エイプリルフールである。ちょっと、おもしろい記事をみつけた。

エイプリルフールで嘘をついていいのは、午前中だけって知ってましたか? | | とりあえず、やってみる! | あすなろBLOG

 で、調べてみた。

April Fools' Day - Wikipedia, the free encyclopedia

Traditionally, in some countries, the jokes only last until noon. If you play a trick on someone after this time you are the April Fool.[1] Elsewhere, for example in France, the jokes may last all day.

 ほうほう。フランスでは all day らしい。フランスらしいといえば、フランスらしい。で、Wikipedia のこの部分の出典はこちら。

KIDPROJ MCC: April Fools Day // April Fools Day - Several countries

 で、About Us によると

Its free educational programs motivate learning by helping teachers relate local curriculum guidelines to students' personal interests and goals.

 ということ。このサイトは結構、使えるかもしれない。

 まぁ、よくよく考えれば、朝一に会った際に「一発、かます」のが普通だろう。英国の新聞では、どれがエイプリルフールなのか、みんなが一生懸命になって探すらしい。それくら、クソまじめに書いてあるらしい。以下のリンクは去年のエイプリルフール記事について。

イギリスの新聞社による毎年恒例のエイプリル・フール記事:イギリス経済・最新ニュースについての情報です!

 日本の新聞にもあるのだろうか?エイプリルフールでなくとも、ときどき、本気なのかジョークなのか、エイプリルフールのイギリスの新聞なみに頭を悩ます記事は読めるが……