Saturday, June 30, 2007

今週読んだ、その他の本たち

 今週、読んだ本たち。将棋に関わる本、というか、羽生善治氏に関わる本を集中して選んだ。ちなみに、私は将棋が全くできない。詰め将棋なら楽しめるのだが、実践になると序盤がどうしていいか全く分からない。


Amazon.co.jp: 「勝負脳」を鍛える

 将棋の谷川浩司氏とヤクルトの古田敦也氏の対談本。これを読んでいて、谷川氏と羽生氏の関係が「イチローと桑田」の関係とかぶった。


Amazon.co.jp: 簡単に、単純に考える

 羽生善治氏の対談本。対談相手は、スポーツジャーナリストの二宮清純氏、ラグビーの平尾誠二氏、ロボット工学博士の金出武雄氏。平尾氏と羽生氏が10年来の知り合いだとは、意外だった。ちなみに、谷川氏も平尾氏とは親交があるようだ。というか、なぜ二宮氏と平尾氏を対談相手に選んだのか、この人選のセンスはなにによるものなのか。個人的には金出氏との対談が興味深い。


Amazon.co.jp: 羽生 21世紀の将棋

 文庫化にあたり、知ることになった本。茂木健一郎氏が解説を書いているというのが読む動機。その後、梅田望夫氏が自身のブログでレビューを書かれている。
My Life Between Silicon Valley and Japan - 「羽生」(保坂和志著、光文社知恵の森文庫)
 「読まなければいけない」という気持ちに変わった。羽生氏の型破りな型がこれでもかってくらいに書き連ねられている。「おなかいっぱい」な感じになるのだが、それだけ、型破りなのだということが分かる。そう、「形無し」なのではなく「型破り」なのだ。

「形を持つ人が、形を破るのが型破り。形がないのに破れば形無し。」

Jun Seita's Web: 「型破り」と「形無し」


Amazon.co.jp: 羽生善治 挑戦する勇気

 口演の書籍化。「将棋と私」的な内容だが、羽生氏の魅力が伝わる。子ども向けの口演、という雰囲気を受ける。が、バカにできない。出版は2002年なのだが、氏の最近の発言と並べてもズレがない。裏を返せば、ぶれようがないほどの羽生哲学のコアを、氏は常に話していると考えられる。羽生入門としてはいいと思う。


Amazon.co.jp: ロジカルな将棋入門

 なぜ、Amazonでは洋書扱いなのかは不明。著者は、『詭弁論理学』や『逆説論理学』の野崎昭弘氏。本書のプロフィールによると氏は将棋4段らしい。ん?4段ってプロだよなぁと思った。詳しいことは分からないが将棋もスゴイようだ。そんな数学者が書いた将棋入門だ。私は将棋入門の類がどのような体裁なのか知らない。なにしろ、はじめて将棋入門なるタイトルの本を読んだ。将棋の歴史から、ルールの説明、ゲーム進行、などなど。個人的には『6 将棋と数学』が興味深い。

Friday, June 29, 2007

TIMEを読むための10のステップ

 PVを稼ぐブログタイトルとしては秀作のひとつだろう。しかし、これは書籍名であり、私のオリジナルではない。

Amazon.co.jp: TIMEを読むための10のステップ

 本書の表紙に、「ユニークな10の方法で『タイム』が読める!」とあるが、実際は、半分くらいだろうか。その10のステップは以下
STEP1 いつもカバンに『タイム』を2冊
STEP2 コンピューターを活用して
STEP3 『タイム』を読むのは何のため?
STEP4 単語を覚えるにはコツがある
STEP5 カンマとダッシュを意識しよう
STEP6 準動詞をマークせよ
STEP7 文に名詞・形容詞・副詞の働きをさせるもの
STEP8 言い換えを見抜こう
STEP9 『タイム』に挑戦!
STEP10 これからの勉強法

 STEP1~3は『タイム』は見栄で読むんじゃないよということを言っている。ごもっともであります。発行が1999年ということもあり、コンピュータの利用を勧めているが、今は当たり前だろう。時代を感じる。

 『タイム』を読むために必要なスキルとなると、STEP4~8だ。

 STEP4は、外国語を学ぶ際の永遠の課題ともいうべき、ボキャブラリに関すること。特効薬がない。本書にもあるが、基本は1分野ずつカバーしていくしかないと思う。その分野の専門用語は日本語でも同じだと思うので、きっちりと理解するのが、もしかすると、特効薬なのかもしれない。

 その他、副詞について言及があるのだが、確かに難しいと思う。
副詞は普通、意味を知らなければ、無視して読んでいっても文全体の意味は大づかみにならわかるのですが、文修飾副詞は書き手の判断を表しているだけに、記事を正確に読もうと思ったら決しておろそかにできないのです。(pp. 52)
 まったくその通りです。副詞はしつこく、しつこくやったほうがよい。

 STEP5は句読法である。あまり、学校では習う機会がないのではないだろうか?コロン、セミコロンなども書いてあると親切かなぁと思う。

 STEP6~7は文法事項です。文の骨組みを理解するのに重要なことなので、受験英語を思いだしましょうということだ。
受験勉強で精読の練習(英文読解)はしてきたはずですから、『タイム』をよめるようになりたい、というこの本の読者のみなさんは、「多読」を基本にしてください。(pp.4)
 この1文に集約されてしまう気がしないでもないが、受験英語を非難している暇があったら、それを実際に使ってみいってことだ。しかし、精読から多読への移行は精神的に負担が大きい。じっくり、自分を納得させながらやるといい。スポーツと同じで繰り返しやることで、体に馴染んでくる。

14歳の子を持つ親たちへ

 内田樹氏と名越康文氏の対談本である。おふたりとも「ことば」にすることに長けているの勉強になる。

Amazon.co.jp: 14歳の子を持つ親たちへ

 まずタイトルなのだが、いまいちピンとこない。座りが悪いというか、手が伸びにくいというか。「14歳」というラベルは、教育本の類では常套手段のように使われるキーワードなのだが、それゆえに、陳腐に感じてしまう。なぜこんなありきたりなタイトルなのだろうと、もったいないように思えた。しかし、どんなタイトルがいいかというと、これまた閉口してしまう。本書を読むとこのタイトルへ集約していくのだ。私が持っていた「14歳」というラベル付けの意味が変わった。

 目次から気になった部分を抜き出す。

 「第2章 病気なのは親の方?」は、全体を通して興味深い。「ディベートは最悪の教育法」などは「ぬぅっ!?」となってしまった。「『期待しない』ことの大切さ」は禿同である。対子どものこの本における核だと思う。

 「第3章 二極化する文化資本」の「『オバサンの真実』、明かします!」にある「名越理論(pp.88)」は怖い(笑)。

 「第5章 教養とは『何を知らないか』を知ること」の「集団が同質化している」は体感として理解できる。しかし、体感ができるが故に、ふたりの対話を読むと怖くなってしまう。正直なところ、同質化することが子どものためと思っているふしが私にはある。しかし、ふたりの反応は全くの逆であった。orzだったが、読むと納得してしまう。もう少し考えなければいけないと思った。

 「第6章 義務教育は十三歳までに?」は思わず唸った。私が知る限りではあるのだが、シュタイナー教育にはこの考えがある。シュタイナー教育の場合は年齢で考えていない(私の記憶では……)が、根本的な考えは一緒だろう。付け加えておくが、私はシュタイナー教育を勉強したことはない。以前、読んだ本でこの部分が強烈に記憶に残っているだけである。まぁ、年齢で考えるほうが、事務的には便利であるから、なくなることはないだろうと思う。

 こころと体の相違による違和感は多くの人が感じたことがあると思うが、だからこそ、大人は「子どもが分からない」ということを恐怖と感じるのだろうと思う。この時期の人間は見た目が子どもであるが、子どもにラベル付けされる意味を逸脱した属性を持つので厄介だと、私はこの本から、そう受取った。

 本書を読んでいると「なるほど、そうか」と思うことが多い。しかし、それとは逆に「まぁ、いいか」と思えることも必要なのかなぁと思う。

Thursday, June 28, 2007

箸は右手で持つもの

 脊髄反射で、嫌悪感を感じてしまうが、なぜこんな発言をするのかに興味がある。

J-CAST テレビウォッチ : 国分太一くん、箸は右手で持とうよ

 私は一瞬、右と左が分からないときがある。笑い話だが、教習所でも何度か間違えてよく怒られた。「箸持つほうだよ~」とか注意を受ける度に、私の中で右と左という概念が壊れる。

 おそらく、筆者も左利きなのだろう。そうでなければ、躾というキーワードはなかなかでにくいと思う。こっぴどくやられたのだろうと、私は想像する。

 まぁ、右左に関わらず、国分太一氏は箸の持ち方がきたない。きたないというのも抽象的であるが、私の考える正統派な箸の持ち方からは外れている。特に、左利きの人は脇を閉じていないと不恰好にみえると思っている。これはおもいっきり主観です。

 ここでは、箸の持ち方云々というのではなく、なぜ、このような発言をするのかに興味があったのである。考えるに、自分と世間との関わり、自分と世間との乖離などを危惧しているがために、世間との確認のための発言と、私は解釈した。まぁ、どうでもいい発言ということだ。
左手は ケツを拭く手だ 箸持つな

 コレに関しては私自身、整合性がとれているので無問題か(笑)

黒船よ、何度でも寄っとくれ

 『英語でしゃべらナイト』のはなしである。

 リニューアルしてから、トンっと遠のいてしまった。初回こそ期待して観ていたが、「こりゃ、守備範囲外だ」と、私にっては改悪だ(。 ̄x ̄。) ブーッ!

 唯一の楽しみは「黒船」だ。これは定期的にやってほしい。切に願う……(;人;)

 特に今回はMartyがインタビューのホストをやっているし、オランダでロケまでしているし……

 はなしは変わるが、最近、NHKは民放に毒されてきたような感がある。まぁ、今までが硬すぎたのだが、余計な――私が感じる、過剰な演出とかね――ことばかり目につくようになった。ギコチナク、カタク、ギャグを作るってのもおつなもんだと思うのだがのう。

 今日、NHKのお昼のインタビュー番組で金田一秀穂氏が出ていたそうな。観たかったなぁ……。今、氏が出演している『知るを楽しむ』という番組は面白い。以前、畑村洋太郎氏の再放送を思わず、全部、見てしまった。もっと、大々的に告知してもらいたい。

Wednesday, June 27, 2007

マッチ棒パズル

 面白そうだ。

マッチ棒くん

 ん、むずいなぁ……orz

つっこみ力

 「メディア・リテラシー」って知ってますか?『週刊こどもニュース』なぞでも取上げられているので知っていますよね。

Amazon.co.jp: つっこみ力 ちくま新書 645

 チョイ前に、CFでなんとかリテラシーとか連呼していた、あの「リテラシー」です。かくいう私も、なんとなくわかったつもりで使っている、使ってはいないなぁ、なんとなく認知しているのですが、「情報を疑った目で見る」ってことです。

 本書ではそれを「つっこみ力」と定義し、社会学・統計学に厳しい目を向けましょうという口演の書籍版です。

 率直な感想は面白い。これだけ、面白おかしくモノゴトを語れるというだけで、憧憬のまなざしを送ってしまいそうだ。勉強というものに見出せない部分だと思う。というか、勉強からは意識的に排除されているかもしれない。

 本書は学者からは非難されているでしょうね。ネットで検索するとそういうのもチラホラ見かけることができる。まぁ、それが、本書のいう「つっこみ力」でもあると思う。データの解釈は、極端に言ってしまえば、「個々人」に依っている。

 こちらから見たらAでも、あちらから見たらBってのはいくらでもある。憲法のように、いくらでも解釈のしようがあるという事実が、現在の「メディア・リテラシー」を支えている。

 このように、AともBとも解釈できるものは、まず、整合性を考えるといいのでないか。

 ひとつのデータとなにかしらの背景があって、解釈が生まれる。AとBに対するふたつのなにかしらの背景が、データに対して関係性や親和性が高いのか、――これは数値がむずかしいと思うが、あえて――考えるだけでも、おかしいなというのが見えてくる可能性はあると思う。まぁ、数学でいう検算みたいなことだ。

 学問としてはどうか知らんが、個人が生活していくのに都合いい解釈というのは必要だと思う。それに結びつけるための「つっこみ力」、悪くない。

Sunday, June 24, 2007

こういうのを学校教材としたら顰蹙モノだろうか

 なかなか、おもしろそうな映画である。

映画『選挙』

 TBSの『サンデーモーニング』という番組で知ったのだが、興味深い。

 放送では、外国人向けとあった。インタビューを受けていたのも外国人。その反応が「名前の連呼だけで、意味がない」という、ごもっともという反応だった。

 英語の字幕があって、なんとなく分かったつもりになっているコトが客観的に言葉になると、意味の含有量が低いのが分かると、コメンテーターが言っていた。

 見てみたい気もするが……、だ。

教育実習費、私の場合

 教育実習費に関する記事があったので、ひとこと。

教育実習費:謝金「何に使うの?」 相場1万~2万円、あいまいさに不信-教育:MSN毎日インタラクティブ
教育実習費:学生が学校側に謝金 全国各地で慣例化-今日の話題:MSN毎日インタラクティブ

 私が実習に行った時は、確か、大学側へ¥35,000を払ったと思う。領収書が行方不明なので、記憶で書いている。そして、実習終了後、確か、¥15,000が戻ってきた。おそらく、この¥15,000が受入校への「謝金」だったのだと思う。私の地域、もしくは受入校では「謝金」の受取りは行っていないようだと、後日、他の実習生と話した。

 というか、「謝金」が存在するということを、私は、実習へ行ってから知った。他の実習生から聞いた。実習費としか聞いていなかったので、給食費などをそこから宛がうのかと考えていた。

 まぁ、大学側が費用を必要とするのは理解できる。しかし、受入校が諸経費としてでも必要とするのは解せない。なぜなら、実習生の受入れは、義務だと思っているからだ。

 実習生の受入れは1年前から確定している。予算についてもある程度、考慮されているはずだと思っているが、確かめたわけではない。後で、聞いてみたい。

 その他、実習生が必要とする教材のコピー代や消耗品の諸経費は実習生が負担すべきだと記事にあったが、何考えているのだろうか?公立の教諭はコピー代や消耗品を給料から天引きされているのか?それだったら、解せるが……

 とりあえず、お金に関することに対象を狭めるならば、「その程度の社会感覚」だと諦めてもいいと思う。その程度なのだ、と……

Saturday, June 23, 2007

ガクモンの壁

 『ガクモンの壁』か、うまく形容したと思うが、語呂などを抜きにし表すならば、『ガクモン“間”の壁』だと思う。しかし、養老先生って左利きだったのか。ちょっと近親感。

Amazon.co.jp: 養老孟司 ガクモンの壁

 もともとは『学問の格闘』という名で出版されたようだ。こちらの方がピンとくると、個人的には思う。『バカの壁』にあやかり過ぎだ。そんなマイナス評価があったので、なかなか手が伸びなかったのだが、読んで正解だった。やっぱり、タイトルって重要ですよ。出版社のみなさん。

 本書は「人間」を、違う角度から覗く、とてもスケール大きい内容だ。考古学、人類学、生物学、心理学、医学、それぞれの「人間」の見方の一例を示しているのが面白い。「学問の格闘」というのも納得。文系・理系というラベル付けがあほらしくなると思う。私は、早いうちに文型・理系というラベルを剥がしてしまったので、これの肯定になるのかもしれない。そういった、贔屓目はある。

 ホストの養老孟司氏と対談相手の若手研究者とでは、なかなか、活発な話し合いができないのではないかと思われるかもしれない。しかし、私見ではあるが、挑発的な質問も飛び、研究内容の危険性や、養老氏のパーソナリティに触れる話題もあり、サイエンス・カフェではこのような会話が行われているのかなぁなどと想像して読んだ。

 しかし、まぁ、いつもながら、養老氏の対談本はときどき筋を追えないときがある。いつになったら、リアルタイムで筋を追えるのやら……