Monday, July 21, 2008

岡潔 / 小林秀雄 『対話 人間の建設』

Amazon.co.jp: 対話人間の建設 (1965年): 岡 潔, 小林 秀雄: 本 岡潔と小林秀雄の対談本だ。岡潔は数学者であるが、多くのエッセイなどで身近な存在だと思われる。藤原正彦氏の登場により、現代にもどっしりと根を下ろした感が、私にはある。

 身近な存在であると思われる岡潔の対談本ではあるが読めた感じがしない。本書には前書きであったり、あとがきであったり、注釈であったりというのが皆無だ。昔の本(本書は昭和40年発行)ではデフォなのか?現在の懇切丁寧な解説や注釈のつきまくった本を読んでいるとストレスたまりまくりだ。と同時に、自分に対して情けないと思うしまつである。

 さて毎度のことであるが教育に絡めて読んでいるので、もがきながらも個人的には光ることばだと思われるものを記したい。

 のっけからだがこんなことばがある。

いまは学問が好きになるような教育をしていませんね。だから、学問が好きという意味が全然わかっていないのじゃないかな。(pp. 3)


 これは、小林秀雄のことばだ。1965年でも現代と同じようなことがいわれている。別に驚くことではない。ふたりのやりとが面白い。岡潔は、学校の先生が学問を好むということが分からないのではないかという。耳の痛いはなしだ。

 小林秀雄が酒の話をふる。岡潔はそれを受けこう答える。

個性が出るようにするにはどうするかということを教えなければいけないのでしょうね。個性がなくなりました。(pp. 18)


 何度このセリフを聞いただろうか。40年前の懸念が現在の課題であることは、あまりにもサボりすぎである。これを受け、直感、情熱、勘などということばでてくるが、

勘は知力ですからね。これが働かないと、一切がはじまらぬ。(pp. 21)

 岡潔の発言である。ここから一気にスピードがあがる。私は心地よい子守唄の中へ迷い込んだようだった。実際、この件を読んでいる最中に寝た。気持ちよかった。

 岡潔の情緒論が展開される。先の知性の件から、具体と抽象の話になり、小林秀雄はベルクソンとアインシュタインの論争にかけて

ニュートンにおける時間とか空間とかいう考えは、未だぼくらの常識として、普通の言葉で言ってわかるのです。日常経験の抽象化としての時空の観念だからでしょう。ところがアインシュタインまでになると、言葉にならなくなる。近ごろの波動力学までくると、もっと言葉にならない。(pp. 38)


 これに答えて岡潔は

最近、感情的にはどうしても矛盾するとしか思えない二つの命題をもとに仮定しても、それが矛盾しないという証明が出たのです。(pp. 39)


 これがなんの論文なのか、私は知らない。しかし、岡潔の情緒ということばはなしを指しているのかおぼろげながら見えた。

 岡潔はこのようなこともいっている。

いまの人類文化というものは、一口に言えば、内容は生存競争だと思います。生存競争がないようである間は、人類時代とはいえない、獣類時代である。しかも獣類時代のうちで最も生存競争の熾烈な時代だと思います。(pp. 50)


 思い切り腑に落ちる。

 さて、小林秀雄による自然科学への批判がはじまるのだが、このことばが興味深い。

近ごろの数学はそこまできたのですか。(pp. 41)


 この一言でふたりはだいぶ近い位置にいるのだなぁとわかる。なので、建設的な対談が展開されている。だが、私にはこのことばたちを噛み砕くには時間が必要だ。これを書きながらでも頭の中ではあんなことや、こんなことがふわふわしている。

 最後に、素読教育について。

 現在でも、音読がよいともっぱらのうわさで、学校教育やらなんやらとにもかくにも音読、音読、音読といった風潮がある。私はこれに賛成の立場であるが、この対談の締めくくりが「素読教育の必要」となっているのは興味深い。

話が違いますが、岡さん、どこかで、あなたは寺子屋式の素読をやれとおっしゃっていましたね。一見、極端なばかばかしいようなことですが、やはりたいへん本当な思想があるのを感じました。(pp. 166)


 これを受けた岡潔の返答は、「記憶力がよい時期に…」というニュアンスの返答しか読み取れないのだが、小林秀雄はこう付け加える。

暗記するだけで意味がわからなければ、無意味なことだと言うが、それでは『論語』の意味とはなんでしょう。それは人により年齢により、さまざまな意味にとれるものでしょう。一生かかったってわからない意味さえ含んでいるかも知れない。それなら意味を教えることは、実に曖昧な教育だとわかるでしょう。丸暗記させる教育だけが、はっきりした教育です。<中略>私はここに今の教育法がいちばん忘れている真実があると思っているのです。(pp. 168)


 お説の通りだと思います。

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